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『キングス・オブ・サマー』小川あんさんトークショー採録

今年の夏、王道の夏休み青春映画として好評頂いた『キングス・オブ・サマー』ですが、いよいよ10/10からは京都みなみ会館でのロードショーがスタートします!
本作をより楽しんで頂くために、以前アップリンク渋谷にて行われた小川あんさん(俳優)のトークショー採録を掲載致します!


ポップでキャンディーみたいな映画

樋口「小川さん、よろしくお願いします。早速ですが、『キングス・オブ・サマー』についてお聞きしていきたいと思います。まず全体的に、観られた感想をお願いします」

小川「はじめまして、小川あんです。ポップでキャンディーみたいな映画だなと思いました」

降矢「かわいらしいということですかね」

小川「なんかすごい大胆で弾けてますよね、全部が。すごいかわいらしい映画だなあっていう。私は主人公の方たちとだいたい同世代なので、みなさんがどういう風に観ているのかなって気になります。私はいいなあとか、ああいう風に過ごしたかったなあと思いました」

降矢「何か具体的に、ポップさとかキャンディーみたいなとか感じたシーンはありますか?」

小川「最初から、主人公のニック・ロビンソンが学校でちゃかされるじゃないですか」

降矢「ああ、服を脱がされるという、ちょっといじめられているというね」

小川「予想を超えてきて。服を脱がされるという」

降矢「すごいスピードで綺麗に脱がされてたよね」

樋口「ワンアクションだったよね」

小川「こういうシーンになるんだろうなっていうのを越えて、どんどんかましてきて」

降矢「確かに、近隣のおじいさんがうるせえんだよって言って発砲するパーティーシーンとか。しかもあの撮り方がね、無駄なのか何なのかよくわからない映像表現で、過剰に描かれつつも、なんかファニーであるというか、かわいらしさもある映画だったのかなと今聞いてて思いました。俳優さんが同年代だと聞きましたけど、俳優さんで気になったりこの俳優はどうなんだろうというのを、せっかく俳優の小川あんさんがお相手なので、お聞きできればと思うんですけど」

小川「ニック・ロビンソンさんのファンの方、いらっしゃいますか?」

降矢「ニックファンの方、いらっしゃいますか? いらっしゃいますね」

小川「色んな視点から見れる映画だなと思っていて、ニック・ロビンソンはイケメンじゃないですか? そのイケメンのニック・ロビンソンが周りを取り囲む奇妙な人達がいることによって、ニック・ロビンソンのイケメンとかそういう部分以外の魅力がいっぱい見れたなあと思っていて、素敵だなあと思いました。主役がただの、こういう言い方したらあれだけど、ただのイケメンに収まらないで、色んな表情とか、そういう魅力が出てきたのが良かったなあと思います」

降矢「確かに、登場人物はニックも含め、ちょっと変わってる人が多かったので、それにともなって、ニックもただのイケメンでいられない展開ではありましたね」

小川「でも、ニック・ロビンソンもおかしいんじゃないかな。言葉のチョイスとか二人の親」

樋口「パトリックの親とかですね」

小川「あれ、親大丈夫なんですか?」

樋口「ああ、親として。大丈夫じゃないから、抜け出したんだと思うんですけど。ちょっと、おかしいというか」

降矢「だいぶおかしいですよね」

小川「抜け出す理由としての親っていうのをリアルに描くんだったら、もっと深刻になるはずなんだけど、あの両親の奇妙さが面白くなって、すごいコメディっぽく映ってるのが面白いなあと思いました」

降矢「実際にいたらいやでしょうけど、観てる分には、全てが笑いになったりとか、ユーモアを感じさせるつくりに確かになってますよね。ニック・オファーマンが演じる父親もだいぶ嫌な奴ですけど、観てるとおかしくもある」

樋口「行方不明に子どもたちがなってから、そんなに探してないよね」

一同爆笑

樋口「たまにテレビで流れてたりとかしましたけど、ちょっとね」

小川「しかも相手側のパトリックの親も、すごい心配してるわりにはぜんぜん探してるカットが入ってないという」

樋口「確かにその辺が特殊で帰ったときも描かれていないという、もう家で寝てて翌朝みたいな。普通だったら、『帰ってきた!』みたいなのがあってもおかしくはないところですよね」


面白さを中心に

小川「自給自足ってことをテーマに描いてるっていうよりは、面白さを中心に描いてる映画だなって思っていて。森の中で自給自足っていうシチュエーションなのに、面白さを描こうとしているからあんな変な感じになったんですかね?」

樋口「その面白さの中心にいるのがビアジオっていうキャラクターなんですけど、かなり変わっていて、例えばゲイの話とかっていうのは」

小川「あれなんだったんですかね」

降矢「なんだったんですかね。僕ゲイなんだって告白するときも、それはゲイじゃなくて別の病気なんだって、別の難しい病名をさらっと言っちゃうという」

樋口「あれとかはちょっとおかしいよね。そのまま話終わっちゃうしね」

小川「伏線だったのかみたいな」

樋口「普通だったらそこでもうちょっと何かあっても良さそうなねえ」

降矢「ねえ」

樋口「そういうところも含めてだいぶコメディに振ってる感じはあって、ビアジオおかしかったですよね」

降矢「コメディって視点で観ていただけるのは、我々としても嬉しいですよね」

小川「盛り込み具合がすごい躊躇なくて、すごい弾けてて、勢いがあるなっていう風に思いました」

樋口「結構人気あるのは三人でパイプみたいなのを叩いてるシーンとか、ああいうのかなりキャッチ―ですよね」

小川「あれは最初に印象的ですよね」

降矢「最初に音だけが響き渡りみたいなところから始まりますよね」

小川「街中で太鼓の音が、今お祭シーズンじゃないですか、聞こえると『キングス・オブ・サマー』を思い出します」

降矢「本当ですか!? 大丈夫ですか?」

小川「だって、そっくりじゃないですか」

樋口「なるほどなるほど。確かに近くを通っている人がいたら、ああいう感じだったんでしょうね」

降矢「コメディを中心で描いているっていうのは、楽しさっていうのを中心に描いてるからだと思うんですけど、テーマが『反抗』だったり『大人への』みたいなものだったり、そういうものだったとしたら、それを全て笑いのあるものとして描いているっていうのは、もしかしたらこの作品の大きな特徴で、それが純粋に難しいことを考えずに、難しいことも考えれば考えられるかもしれないのですが、そういうのを抜きでも楽しめる一つの魅力になっているのかなあという」

樋口「あと恋愛の要素っていうのもあの中に入っていて、ジョーが好きな女の子っていうのが一人入ってきて、そこから三人の関係性っていうのもちょっと変わってしまうぐらいの色々仕掛けになっていて、最終的に言ってしまうとジョーくんと彼女はくっつかないわけですけれども、そういう恋愛の模様とかっていうのはどういう風に観られたのかお聞きしたいですね」

小川「あれはでも、パトリックなんじゃないですかね」

樋口「あれはパトリックに行って正解だったっていう」

小川「ジョーは過剰に反応しすぎかなって。でも構えていないほうがあの子は好きなのかなあ」

降矢「確かに、女の子の最初の彼氏、妄想の中で車と一緒に爆破される男……」

樋口「あの年上の」

降矢「あの年上くんも余裕のある男といえば、余裕のある男で、ああいう年代の女の子はもしかしたら、ああいうタイプのほうがっていうのはあるかもしれないですよね。でもさっき、イケメンだけじゃない魅力が出てるっておっしゃってましたけど、イケメンの男の子の描き方っていうのも、奪い返せないまま終わってしまうっていうのも、リアルでもあったり、ひと夏の手に入れられなかった物悲しさもありみたいなのは強く出てますよね」

樋口「パトリックのキャラクターも、そっちも別にイケメンじゃなくて、パトリックにとられてもそんなに、まあまあいっかぐらいの感じになるというか。パトリックのキャラクターも特殊で、すごいパワー系のわけでもない、かなり繊細なキャラクターだったんで、いわゆるああいう三人のキャラクターを配置したときのオーソドックスな割り振り方ともちょっと違うような」

降矢「眼鏡くんがいて、ドジな奴がいてみたいな。ドラえもんみたいな感じでは確かにないかもしれないですよね」

小川「みんな発言が面白かったですよね。パトリックとジョーが喧嘩するところとかも、実際そこが本気のぶつかり合いで、それ以外は冗談を交えた会話みたいな、そこも高校生だなあっていう風に思いました」

降矢「そこにいたるまでの直接的な原因っていうのも、もちろん女の子を巡ってっていうのもありますが、モノポリーの嫌らしいやり取りでケンカになる。あんな些細なことなのにね、それが家の崩壊に繋がってしまうという。確かに、高校生らしい沸点の低さというか」

樋口「実家のシーンでも、モノポリーでお父さんとお姉さんの彼氏にはめられて」

降矢「お姉さんの彼氏も、なかなかねえ。中国系のねえ」

樋口「あの二人も結局よく分からない。確かに、モノポリーは象徴的な使われ方をしてましたよね」

降矢「大人の世界ってことなんですかね」

樋口「おやじさんにやられたことと同じことを、パトリックにもするという。それが家の崩壊にまで繋がるという」


夏休みの課題

降矢「ビアジオが誘拐が誘拐事件ということにして、黒人の名前と州の名前で脅迫文を書くとか、警察との会話でアイスランド系を貶めるようなこととか、差別というか人種の問題が中々エグい形で出てきて、青春映画にしては似つかわしくない。そのことによって笑いには回収されるんですけど、そこが珍しい点であり、問題を提示しながらズラしていくっていう批判的、批評的なコメディの使い方みたいなことは実はちょっと感じていたりしました」

小川「ストレートですよね。こういう風な演出をしようと思ったら『じゃあ、そうしよう!』みたいな、やるからにはダイナミックにっていう思いが好きでした。振り切れている感じが。

降矢「それこそアクションの描写も」

小川「普通だったらいらないだろっていう描写もすごい丁寧に撮られていましたよね(笑)」

樋口「肩パンのところとかですね」

小川「ハイスピードでね、あれはどういう気持ちで見ればいいんだろう(笑)」

樋口「やられている方なのか、やってる方なのか、どっちの気持ちで見ればいいんだっていうね(笑)」

小川「痛そうだな、思わないし、逆に変な感じですよね」

樋口「たしかに無駄なじゃれ合いを大げさに見せている感じですよね」

降矢「わからないですけど、くだらないこと、しょうもないことを壮大に描くこと、我々は今すごいことをやっているんだ、という表現になっていたり、その時の時間だけ引き伸ばされているというか、永遠を感じさせること、に関係しているのかな。独特な青春の切り取り方ですよね」

小川「アメリカだと普段でもあるんですかね。森で基地を作って、みたいなこと」

樋口「普段からはないんじゃないですか(笑)。あの規模ではなかなか……」

小川「どうやってあんなの作れたんだろう(笑)」

降矢「いわゆる青春映画だと、この街から抜け出したい、とかありますよね。そういうここから抜け出したい、という気持ちが森とか山に向けられるっていうことはアメリカ的な精神の一つではあるかもしれないな、とは思いますけど。でもあそこまでのものを建ててしまうというのは過剰ではありますよね」

樋口「あの森はどこにあるかわからないじゃないですか。家からどこの距離にあるのか、とか。同じ街なのか。そこを明確に描くわけではなくてファンタジーっぽいというか。ちょっと神秘的な感じもあり。ああいう秘密基地というのは小川さんご自身は?」

小川「私はクローゼットに秘密基地を作っていました」

樋口「可愛いですね」

小川「わざと服とかいっぱいいれて(笑)。お母さんが探す声が聞こえるんですよ。でもクローゼットの奥でしめしめって。でもそれは気づかれなかったんですよ」

降矢「ではそれは秘密のままに」

小川「秘密のままです」

樋口「そういう押入れとかクローゼットの延長に、ああいう森があるのかもしれないですね」

小川「秘密基地はやっぱり憧れだし、夢だから、映画でこれくらい思いっきりやってくれるとスカッとするし、映画でしか見れないものだから、その思いっきりさがとても楽しかった」

樋口「家を建てるシーンもほとんど遊んでるシーンでしたよね。実際どうやって作っているかを見せるよりもほぼ遊んでいる。ただ、そのことのほうが重要だっていうことだと思うんですけど」

降矢「楽しさ、のほうを選んだということですよね。けれども最後のうさぎを狩るシーンなどは対比的かなと思っていて、異様に詳細に皮を剥ぐことからどこをどう切り裂くか、というような痛々しいシーンを見せていくっていうのは、ファンタジーとか理想、憧れを具現化していた世界とリアルな世界、厳しい世界という二つの側面から描いている作品なのではないかと思います。ああいう描写についてはどう思われますか?」

小川「私は自給自足映画が好きなんですよ」

降矢「ああ、じゃあ全然問題ないというか」

小川「でもこの映画で出てくるとはちょっと思わなかった」

樋口「少し唐突ではありますよね。でもお好き?」

小川「好きです(笑)。でもうさぎの頭を投げるのは少しやりすぎ……そういうやりすぎは多々ありますよね、バイオリンのシーンとか」

樋口「ギターもありましたよね。みんなが基地にやってくるところ。急に『耳をすませば』みたいになったりとか(笑)」

小川「音楽もたくさん使っていましたよね。いろんなジャンルの音楽を。それも印象的でした」

降矢「BGMがレトロなファミコンの音を感じさせるような。監督自体がゲーム好きで、『メタルギアソリッド』の小島監督とも友達みたいですけど。監督の趣味趣向が結構出てる。というかこの映画の楽しさっていうのは、そういうところからも感じられるものですよね」

小川「この映画ってみんな好きな気がします。嫌いな人はいないんじゃないかなっていう映画だと思います。それはみんな青春みたいなものを通ってきているから。だから憧れる」

樋口「そうですね。青春とか、憧れみたいなものは秘密基地のようなことでもそうですし、友達と関係がおかしくなってしまうということはわかっているけど、ああいうのは一度やってみたい、というのは思いますよね」

小川「鉄板ですよね、もう」

降矢「この夏の鉄板」

小川「本当に夏にぴったりだし、夏休みの課題にちょうどいいんじゃないか、と思いました」

降矢「ありがとうございます。そろそろお時間も迫って来まして、最後にこの映画と関係ないことでもなにかあればぜひ」

小川「映画が大好きで、いろんな国の、台湾の映画とかも好きんですけど、こういう映画を見ると純粋に楽しいって思うから、遊園地に行くみたいな感じで楽しめると思うので、いろんな人に見てほしいな、と思います」

 

 

監督:ジョーダン・ヴォート=ロバーツ『キングコング:髑髏島の巨神』

脚本:クリス・ギャレッタ

製作:タイラー・デヴィッドソン『テイク・シェルター』、ピーター・サラフ『リトル・ミス・サンシャイン』、ジョン・ホッジェズ

撮影:ロス・リージュ『キングコング:髑髏島の巨神』

音楽:ライアン・ミラー

編集:テレル・ギブソン

制作会社:ビッグ・ビーチ・フィルムズ、ロー・スパーク・フィルムズ

2013年/アメリカ/95分/シネマスコープ


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Killer of Sheep

スラム街に暮らす黒人たちの暮らしを鮮やかに描き、望まれながらも長らく劇場公開されなかった、黒人監督チャールズ・バーネットによる幻の傑作。 1970年代中頃、ロサンゼルスにあるワッツ地区。黒人たちが住むそのスラム街で、スタンは妻と息子、娘の4人で暮らしている。スタンは羊などの屠処理の仕事をし、一家は裕福ではなくても、それほど貧しくはない生活を送っていた。しかし仕事に励むなかで、日に日にスタンの精神は暗く落ち込み、眠れない日を送るなかで妻への愛情を表すこともしなくなっていた。 子供たちが無邪気に遊びまわっている街は、一方で物騒な犯罪が起き、スタンの周りの知人友人にも小さなトラブルは絶えない。 そんななか、家の車が故障したため知人からエンジンを買おうと出掛けるスタン。しかしエンジンを手に入れたスタンは、その直後思わぬ事態に見舞われるのであった……。

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