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「写宅部!」(プレミア映写を宅でする部)1日目

未公開映画のなかにはDVDスルーやWOWOWスルー(という言葉があるのかは不明ですが)、そして今ではVODスルー(ビデオ・オン・デマンド・スルー)と、日本で見ることは出来るが映画館での上映はスルーされた映画たちが数多く存在しています。それら映画たちをコツコツ見ていき、ちらちらとなにかしらを書いていく、というような趣旨で部活を始めようということになりました。「プレミア映写を宅でする部」、略して「写宅部」ということでどうぞよろしくお願い致します。

では早速始めますけれども、今回取り上げる映画は『子連れじゃダメかしら?』、『アイアン・ソルジャー』そして『もしも君に恋したら。』の3作品です。

999P-YOU-WBXXX488499-0-kodurejada-T-652271 ↑左からフランク・コラチ監督、クローディア・メイヤー監督、マイケル・ドース監督の作品

なんの関連性があるのかとお思いの方いらっしゃると思いますが、実はあるんですね。でもその前に少しだけ作品それぞれの紹介をしたいと思います。
『子連れじゃダメかしら?』はドリュー・バリモアとアダム・サンドラーというラブコメ好きにはたまらないゴールデン・コンビで、結構いい歳になった二人のラブコメ映画です。ちなみに現在(2015)バリモア40歳、サンドラー48歳なんですね。
バリモアというと最近監督業などもやっていて、久々にバリモア主演だ! と思った作品は『だれもがクジラを愛してる。』で、もうクジラですからね。
バリモアの愛は人類の枠を飛び越え、ほ乳類へ、そして今後は無機物まで及ぶのではないのかとも思われたんですが、(晴れて?)またラブコメで帰ってきた、という次第です。

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↑クジラを愛するドリュー・バリモア(『だれもがクジラを愛してる。』)

アダム・サンドラーといえば……まあいつも通りです。あんまり公開されないですが、相変わらずめちゃくちゃ出てますからね、サンドラーは。『素敵な人生の終わり方』で一度死にかけましたが、全然余裕といった感じなのです。
『子連れじゃダメかしら?』という邦題、ちょっとヒドいのでは? という声もあるみたいですが(原題は『BLENDED』です)、この年齢でのラブコメということでまあ「子連れくらいじゃないとダメ」というところだと思います。

『アイアン・ソルジャー』はミシェル・モナハン主演の軍人ものの映画です。邦題から察すると女鬼軍曹が鉄の意志で敵を粉砕していく、みたいな風ですが、原題は『FORT BLISS』なので
まあ150年の歴史を持つ米国陸軍の駐屯地の名前であって、とてもシンプルです。物語は紛争地域のあれこれ、というよりは「軍人」として生きるのか、それとも「母親」(夫とは離婚しており、彼女のもとには小さな男の子がいます)として生きるのか、というようなお話ですね。ミシェル・モナハンといえば、サンドラ・ブロックと似ている、似ていない、という演者にとっては極めて重要な問題が存在します。サンドラ・ブロックは『ゼロ・グラビティ』で全身宇宙服で顔だけの存在になっていたことは記憶に新しいですが、この映画(『アイソル』)でのミシェル・モナハンは迷彩服にキャップ(またはメット)という出で立ちが主です(『ゼログラ』に宇宙服を脱ぐ瞬間がとても印象的であったと同じように、『アイソル』にも本来は軍用の服を着ていなければいけないところ、私服でいるシーンが用意されています)。

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↑宇宙服を脱いだサンドラ・ブロック(『ゼロ・グラビティ』)

どちらの映画もコスチュームの映画であるとも言えるのですが、『アイソル』にはモナハンが軍の服の他にバイクにまたがりサングラスをかけ、ヘルメットをかぶるシーンがあります。そうなるともはやほとんど顔すらわからない。辛うじてわかるのは鼻とほお骨、そして口元くらいなんですが、するともはやサンドラ・ブロックなんですよね。片や顔だけになり存在を主張するサンドラ・ブロックとサングラスまでかけてしまって顔を消すモナハン。。。
しかしこれではあまりにも(と思ったのか)映画の最後では、恋人関係にある男(この男がモナハンにバイクを貸します)との会話のなかで、モナハンはかぶっているキャップを脱ぎ、まとめあげていた髪の毛を垂らすことになります。理由はこの男は「髪を垂らしているモナハンの方が好きだから」ですが、やはり『ゼログラ』でショートになっていたサンドラ・ブロックのことを思うと、とても考えさせられるものがありますね。そっくり女優問題はこれだから興味深く、見る人を惹きつけてやみません。
『もしも君に恋したら。』はダニエル・ラドクリフくんとゾーイ・カザン二人のこれまたラブコメです。ラドクリフくんはハリポタの強すぎるイメージからの脱却を目論み(たのか?)、眼鏡を外し、ひげや角をはやしたり(『ホーンズ 容疑者と告白の角』)ちょっとやりすぎと思ったのか、やっぱり眼鏡にネクタイ、そしてセーターのハリポタスタイルに戻したり(『キル・ユア・ダーリン』)と、迷走している感じがとても好ましい、今とっても面白い時期にいる俳優さんですよね。

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↑角まで生やしたラドクリフくん(『ホーンズ 容疑者と告白の角』)

『もしも君に恋したら。』では、眼鏡なしひげ面、だけどシャツにセーターなどのハリポタスタイルを披露し、これまで、とこれからの折衷という感じで画面に映ります(ただし狼男に変身するんじゃないかと思わせるシーンが何回かあることに注意です)。この映画は、キチンとラドクリフくんの不健康そうな肌の異様な白さにも言及していたり、今のラドクリフくんにとても自覚的なアプローチをしていると思われるんですが、相手役のゾーイ・カザンはいつも通りの『ルビー・スパークス』的あざとさを一身に受け止めており(もう踊るシーンとかそっくり!)、もちろんカラータイツを履いていたりします。絶賛迷い悩み中のラドクリフくんと、あざとい魅力まっしぐらのゾーイ・カザンはしかし、同じような身長、そして同じような瞳の色というところで繋がるイメージを持ち、なかなか良いじゃないかと思います(ラドクリフくんの親友はアダム・ドライバーで日本でも公開されたアメリカのドラマ「GIRLS」に出ているあのすごいテキトーなダメ男ですが、ラドクリフくんと並ぶとこいつがめちゃデカい。。。ちなみに彼もほとんど「GIRLS」のアダムと同じような役どころです)。
それにしても『もしも君に恋したら。』の「。」句点ですね、これは一体なんなんでしょうか。『だれもがクジラを愛してる。』も読点付いていましたが。。。『もし恋』の原題は『What If』(実はこのタイトルには色々な経緯があって、アイルランド/カナダ発のインディーズ映画の本作は、もともと『The F Word』というタイトルで、それがトロント映画祭で『If You’re Lucky』と変わり、その後全米公開用に『What If』となりました。)で、確実にこれから邦題がつけられているだろという感じですが、英語が堪能な方は十分ご存知の通り『What If』は仮定法表現というもので、「もし~したらどうなるか?」みたいな意味のほかに「~しませんか?」という勧誘の意味みたいなので、結構ひねりの利いたタイトルということになります。そういった諸々の経緯、重複する意味を一息に殺す、もしも君に恋したら、まる! はいもうタイトル変えるの終わり! ということで句点が付けられたのかもしれません。たぶん違いますが。

ということで、全然3作品の関連性の話について書いていないので、そちらの話に行きたいと思います。その関連性とはですね、原題と邦題の関係、ということではなくて、まあそれも少しあったりなかったりするんですが、「女性がメシを食べこぼす」という点であります。映画はその時々で女性がメシを食べこぼす姿を映してきたのですが、この3作品はどのような状況で、どのようにこぼすのか、それについて検討していきたいと思います(つづく)。

(text:satoshifuruya


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Killer of Sheep

スラム街に暮らす黒人たちの暮らしを鮮やかに描き、望まれながらも長らく劇場公開されなかった、黒人監督チャールズ・バーネットによる幻の傑作。 1970年代中頃、ロサンゼルスにあるワッツ地区。黒人たちが住むそのスラム街で、スタンは妻と息子、娘の4人で暮らしている。スタンは羊などの屠処理の仕事をし、一家は裕福ではなくても、それほど貧しくはない生活を送っていた。しかし仕事に励むなかで、日に日にスタンの精神は暗く落ち込み、眠れない日を送るなかで妻への愛情を表すこともしなくなっていた。 子供たちが無邪気に遊びまわっている街は、一方で物騒な犯罪が起き、スタンの周りの知人友人にも小さなトラブルは絶えない。 そんななか、家の車が故障したため知人からエンジンを買おうと出掛けるスタン。しかしエンジンを手に入れたスタンは、その直後思わぬ事態に見舞われるのであった……。

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