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「写宅部!」(プレミア映写を宅でする部)10日目-遠征編- ©2015 Element Pictures, Scarlet Films, Faliro House Productions SA, Haut et Court, Lemming Film, The British Film Institute, Channel Four Television Corporation.   

ギリシャの“奇妙な波”を引き起こした最重要人物にして、奇妙奇天烈な映画監督として世界で今もっとも注目されている人物であろうヨルゴス・ランティモスの新作『ロブスター』(The Lobster)の試写状を送って頂いたので、写宅部10日目-遠征編-を始めます。

2016年3月5日(土)新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷他にて全国順次公開です!)

まず、あなたが「なにかとてつもなく奇妙なもの」を欲しているのであれば、映画『ロブスター』を激しくおすすめする。

そして、あなたが「映画なんて演技じゃん」あるいは「みんな少なからず演技をしながら現実を生きている」という演じることについての泥沼に一度でもハマってしまった経験がおありならば映画『ロブスター』はmust seeだ。

ランティモスの映画はいずれも全て嘘くさい。というよりも「現実を演じる」ということを映画にしている。私は彼の単独長編デビュー作の『Kinetta』(2005)や共同監督作(?)の『O kalyteros mou filos』(2001)も未見だが、ほぼ確実にそうだ。

ランティモス作品では今、『籠の中の乙女』が日本では容易に見ることが出来る。この作品は、家の外は危険であると両親に洗脳、思い込まされて家の中に閉じ込められている子どもたちの奇妙な家族映画である。

Alpeis』(2011)についても少しだけ書いておこう。Alpeis=アルプスとはとある団体の名称だ。その団体は、大切な者を亡くした人々の傷ついた心を癒すため死者になりきるというサービスする者たちの集まりだ。

彼らAlpeisとその利用者との奇妙な関係を描く映画が前作の『Alpeis』だ。死者を演じるものを偽物とわかっていながら受け入れる人々、そして死者を演じるAlpeisの機械的な動き、表情。

演じることと生きることでいえばフランスの恐るべき子どもたちの一人(もういい歳ですが)レオス・カラックス『ホーリー・モーターズ』より1年早かった。ギリシャの奇才は恐るべきフランス人よりも1年先んじていた。ということは一応確認して良い事柄だろう。

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(⇧『籠の中の乙女』と『Alpeis』は『ホーリー・モータズ』より早かった)

さて、『ロブスター』である。素っ気ないタイトルである、このロブスターはもちろんあのロブスターだ。エビだ。

タイトルからではまったくどのような話なのか想像が出来ないので、あらすじを少し。この映画の世界は、独身であることが固く禁じられている。独身者はいずれ動物に姿が変えられてしまう。なので、独身者はあるホテルに滞在し、その滞在中に新しいパートナーを探すことになる。そこで見事に結婚出来れば、ホテルからもといた街に戻れる、というお話だ。つまり街には既婚者しかいないということにもなる。

奇妙な世界だ。そして面白いことに、どんな動物になるかは自分であらかじめ決めることが出来る。主人公デヴィッドのご希望はお察しの通り「ロブスター」。

映画とロブスターとはのっぴきりならない関係を今まで築いてきたことは映画ファンの方なら十分お察しのこととは思う。ランティモス監督も大変意識したはずなので、少しだけ「映画とロブスター」を振り返っておこう。

まずは高級食材としてのロブスターだ。「ここぞ!」というときのディナーに出すのが映画としての正攻法と言えるだろう。ディナーに誘われた側の反応を見れば相手の民度もわかる。それから生き物感としてのロブスターもある。調理するときのドタバタとしてもロブスターは活かせる。さらにはトリッキーな使い方として飛び道具としても使える。武器としてのロブスターだ。ロブスターを投げつけられた時のダメージ量は計り知れないだろう。こうした多彩な使い方が出来るロブスターは映画の中でも超一級食材であることは間違いない。

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(⇧上段左から『アニー・ホール』、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』、『小悪魔はなぜモテる?!』。下段左『スプラッシュ』、『フラッシュダンス』。とても巧みな使い方をしている映画たちであり、1本、1本解説をしたいくらいだ。そして、これらは映画の中のロブスターのごく一部である)

しかし、ロブスターになりたいだろうか?

普通ならば「なんでやねん」と言いたくなる希望だが、ホテル支配人の返しが実に見事だ。

「珍しい動物を選ぶのは大いに推奨します。大抵みな犬を選ぶため、地球には犬が溢れすぎています」

なるほど!

もしあなたが少しでもそう思ったならば、映画『ロブスター』はピッタリの作品だ。

かくいう私も「なるほど」と思った。見事にはめられたわけだ。なぜなら世界で最も多い動物は「ねずみ」というのが現代世界における知見だからだ。「ねずみ」と言わずに「犬」と答えるあたり、奇天烈な世界観にグッと引き込ませる抜群のカマしである。

抜群のカマしで言えば、ホテルで行われる「カップルであることの重要性」を説く寸劇があるのだが、あまり書いてしまうとネタバレになってしまうので、キーワードだけ挙げておこう。それはハイムリック法だ。ちなみにハイムリック法については過去に語ったことがあるので、そちらを参照していただきたい。

動物、カップル、ハイムリックでピンと来た方は、かなりのハイムリック好きだ。そう、あの『キューティ・コップ』だ。アン・フレッチャー監督のこの映画には、動物(犬)に対してはハイムリック法をかますリース・ウィザースプーンが描かれている。未見の方はぜひ『ロブスター』とともに『キューティ・コップ』を見てみるものいいだろう。ギリシャの奇才とアメリカの振り付け師兼女性映画監督(アン・フレッチャー)は奇しくも同年(2015年)、動物とハイムリック法の合わせ技を映画に持ち込んだ。

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(⇧『キューティ・コップ』ぜひご覧あれ)

パートナーを見つけなければ動物にされてしまう世界にあって、どうにかパートナーを見つけようとする人々が描かれるが、その探し方も実に面白い。それは似た者同士、共通点が多い者を選ぶということ。

ホテルに集った面々は以下の通り。

足が悪い男、滑舌が悪い男、鼻血が出やすい女、冷酷な女、ビスケット好きの女、感情のない男(デヴィッド)etc…

なんて魅力的じゃないんだ!

ポジティブな共通点を探せ!

ビスケット好きなはどうなんだ。ボジティブなのか。確かに個人的には「寿司好きの女」「シャンパン好きな女」とかよりよっほど良いように思えるが……ビスケットかあ。

でもこのホテルに集められた人物からパートナーを選ばないといずれは動物になってしまう。そこである一人の足の悪い男は、「鼻血が出やすい男」のフリをすることで「鼻血が出やすい女」とカップルになり、「感情のない男」は「冷酷な男」を演じることによって「冷酷な女」に気に入られようとする……。

つまりこの映画にあって、独身者とは演技をしない者である。あるいは演技をしない者は独身者であらざるおえない、ということだ(カップルはみな演技=フリをしている)。

実は、そのような世界に対して反抗している勢力が森に隠れている。レア・セドゥ演じる独身者たちのリーダーが率いる集団がそれだ。

こちらでは逆にカップルにならないことが義務づけられている。

ホテルから脱走したデヴィッドは、その森に逃げ込み、レイチェル・ワイズ演じる「近視の女」と出会ってしまうのだが……。さてではデヴィッドと近視の女はどのような関係を気付くことになるのだろうか、というのはぜひ劇場で確かめていただきたい。

最後に一つ。なぜ動物なのか。おそらく答えは明確だ。無論、動物は演技をしないからだ。だから演技をせず、独身者であり続ける集団は(動物たちと共に)“森”を住処にしているわけだ。生きるには演技をしなくてはならず、演技を拒むのならばそれは動物である、これが、この映画のテーゼである。

俳優陣からすればそれは、つまり「演技っぽく演技をしている“ホテル”シーン」と「演技をしていない風の自然な演技をしている“森”シーン」であり、実に簡単な(!?)構造なのだが、この映画をご覧になられる方はぜひ“森”での実に奇妙なダンスシーンに注目していただきたい。

(⇧復習として『籠の中の乙女』のダンスシーンをどうぞ)

ダンスとは演技なのか。

日常的な(自然な)身体の使い方とはまた別次元のそれであることがダンスであるとするならば、“森”で行われる自然な演技(身体の使い方)で、非日常的な(不自然な)身体の使い方であるところのダンスをしなければならない、ということになる。

ランティモス作品のダンスシーンはいつも奇妙なのだが、本作において(上記の意味で)そのカオティックな輝きは極限に達した、ということだけ言っておこう(現代映画とダンスの問題は、実写のアビゲイル・ブレスリンちゃんとCGの動物を同一画面で踊らせた『幸せの1ページ』あたりから考えていくのが一興だと思う)。

そしてやはり最後の最後に付け加えておかなければならないのは、そんな「演技=人間」、「自然=動物」というテーゼを持つ映画『ロブスター』に出てくるコリー犬(本物の動物)が、カンヌ映画祭のパルム・ドッグ審査員特別賞を受賞している、ひょっとしたら映画自体よりも皮肉が効きすぎている事実だ。

2016年3月5日(土)新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷他にて全国順次公開です!)

では終わります。

 

ポスタービジュアル
©2015 Element Pictures, Scarlet Films, Faliro House Productions SA, Haut et Court, Lemming Film, The British Film Institute, Channel Four Television Corporation.

 

(text:satoshifuruya

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Killer of Sheep

スラム街に暮らす黒人たちの暮らしを鮮やかに描き、望まれながらも長らく劇場公開されなかった、黒人監督チャールズ・バーネットによる幻の傑作。 1970年代中頃、ロサンゼルスにあるワッツ地区。黒人たちが住むそのスラム街で、スタンは妻と息子、娘の4人で暮らしている。スタンは羊などの屠処理の仕事をし、一家は裕福ではなくても、それほど貧しくはない生活を送っていた。しかし仕事に励むなかで、日に日にスタンの精神は暗く落ち込み、眠れない日を送るなかで妻への愛情を表すこともしなくなっていた。 子供たちが無邪気に遊びまわっている街は、一方で物騒な犯罪が起き、スタンの周りの知人友人にも小さなトラブルは絶えない。 そんななか、家の車が故障したため知人からエンジンを買おうと出掛けるスタン。しかしエンジンを手に入れたスタンは、その直後思わぬ事態に見舞われるのであった……。

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