『ミッドナイト・ファミリー』レビュー! 劇(ドラマ)なき劇的(ドラマチック)さ
事故の詳細や患者の容態などを携帯で他人にベラベラとしゃべっている救急隊員の様子を見て、隊員の態度としてはあまり似つかわしくないと少しの違和感を感じはじめると、次の瞬間、驚くべきテロップが静かに挿入される。
「メキシコ・シティには、人口900万人に対して公営の救急車が45台未満しかない」
直感的にあまりにも少ないと感じられるその数にショックを受けると同時に、”公営”ではなく“私営”の救急車が数多く存在しているのかとすぐさま了解するのだが、続くテロップで、”無許可の”、“闇営業の”救急隊が毎年何百人もの患者の搬送にあたっているというメキシコ・シティの実態を簡潔に説明される私たちは、映画の最序盤にして、一気にこの街のカオティックな状況にのまれ、ただただ混乱するばかりだ。
(ちなみに2014年のデータでは、東京都の人口は約1300万人で救急車の数は230台ほどある模様)
冒頭映し出されていた救急隊員たちは、家族で”無許可”で“闇営業”の救急活動にあたるオチョア一家たちだ。
”無許可”、“闇営業”という言葉を目にすると、法外な搬送料金を要求したり、質の低い救急医療しか提供をしていないなどの問題行為に焦点を当てるのかと思わされるが、この映画が描くのはむしろ逆である。
本作は、長時間待たされている患者を懸命に救い出すも、搬送料さえも支払ってもらえず、あまつさえ闇営業であることの弱みから警察から賄賂を要求されたり、救急活動を妨害されたりと、数々の理不尽な目にあうオチョア一家を通して、この国の腐敗しきった医療・行政機関への怒りや不信感こそを描き出す。
もちろん違法で暴力的なビジネスを展開する“闇営業の”救急隊らも数多くいると思われるが、それらを描き出すよりも“闇営業”でありながら極めて“良心的”なオチョア一家に焦点を当てる事で、問題をより一層複雑になっていくだろう。
しかし、問題は複雑だが、このドキュメンタリーで描かれることはきわめてシンプルだ。というよりも、いままさにその状況に投げ込まれている人々にとって、複雑で深刻な問題を、複雑に深刻に考えている暇は与えられない。だからこの映画には、これらの問題が解かれることもないし、そのヒントも提示されることはない。
ドキュメンタリーであっても問題を提示し、それらの一応の答えや考えるヒントを与える劇や筋(ドラマ)を構成することは多いが、この映画には劇や筋(ドラマ)はない。あるのは、劇的(ドラマチック)な出来事に対して、なりふり構わずに対処するオチョア一家の姿だけだ。
撮影倫理的やプライバシーの権利として、患者の顔をきちんと映し出すことができなかったのかもしれないが、慎重に患者の顔をうつすことのないこの映画の姿勢は、顔がどうしても持ってしまうドラマを排除して、状況や行為のみを映し出すことに通じているようにも思う。
患者に診察や治療を施しながら勇気づけ、患者の家族の心配を取り除きながら事故の詳細を聞き、搬送先の病院へ連絡をしつつ、周りの車をどう避けて、どう誘導して、一刻も早く患者を病院に届けようとする凄まじい仕事っぷりの純粋な劇的さには、問答無用に映画の観客を感動させる凄みがある。これだけでも本作は見る価値があると言ってしまえるが、しかし、実際に荒廃した医療体系に数多くの市民が犠牲になっている現状を訴えもする本作にあって、その現状を無視して、純粋なアクションを称揚するのも憚れることもまた事実。そういう意味で、私たち観客にさまざまなレベルで問いを突きつけてくるドキュメンタリーになっている。
『ミッドナイト・ファミリー』は最初から最後まで、答えも答えに至る道筋すら与えてくれないまま、ただひたすらに赤と青のパトランプが過剰に入り乱れ、サイレンの音が鳴り響くカオティックな夜のメキシコ・シティを爆走しつづける。
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『ミッドナイト・ファミリー』(c)_FamilyAmbulanceFilmLLC_Luke_Lorentzen.
【監督】ルーク・ローレンツェン
【製作】2019年/アメリカ、メキシコ
【時間】81分
【原題】Midnight Family
【配給】MadeGood Films
上映館情報は公式HPヘ!
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