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『モーリス 4K』レビュー(プレミア映写を宅でする部)18日目

ジェームズ・アイヴォリー監督『モーリス 4K』の試写に呼んで頂きました4月28日(土)より、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開。配給:KADOKAWA)。


ジェームズ・アイヴォリー監督といえば原作ものの映画化の名手であり(近年では『君の名前で僕を呼んで』の脚色を手がけ、アカデミー賞脚色賞を受賞)、本作もE・M・フォースターによって1914年に執筆された「モーリス」の映画化です(同性愛を描いた原作は著者フォースター自身の意向により生前に刊行せず、出版は1971年でした)。

今回のリバイバル上映は4Kデジタル修復に加え、無修正版となり、禁断の恋愛小説を原作にした映画『モーリス』にとってついに適した上映環境を手にいれることができたと言えるでしょう(ちなみに現在DVDは高騰しており、VHSは画質難のほかにスタンダードサイズのトリミング版となっております)。

さて、映画版『モーリス』といえば、なんといっても若きヒュー・グラントを一躍有名にした作品です。今見ても若きヒュー・グラントの容姿はこれ以上のないくらい美しい気品を漂わせていますが、ただし、ヒュー・グラントが演じるのは、モーリス・ホール(ジェームズ・ウィルビー)の恋人・クライヴです。つまりいわゆる主人公(モーリス)ではないわけですが、クライヴは主人公のモーリス以上の存在感を示しています。

©1987 Merchant Ivory Productions Ltd. A Merchant Ivory Film in association with Film Four International and Cinecom Pictures

クライヴの主人公を圧倒するほどの存在感は(ヒュー・グラントという俳優自体の質も当然ありますが)、『モーリス』の大きなテーマが、同性愛の「成就と喪失を同時に」描くことであったことと関連しているのではないかと思います。モーリスへの愛の成就と喪失という正反対のものを同時に描くにあたって、非常に重層的でナイーブな役割を担うのが、このクライヴです。

ケンブリッジ大学で出会ったクライヴから、ふいに愛を告白されると、モーリスは自分の気持ちに気づき、クライヴと心を寄せ合い、親密になっていきます。しかし、そこは同性愛が罪となる当時(20世紀初頭)のイギリス。名家出身のクライヴは、弁護士になったと時を同じくして、社会の目を気にしはじめ、徐々にモーリスと距離を取り始めます。結局、良家の娘・アン(フィービー・ニコルズ)と結婚するクライヴですが、今まで話題にもあがらず、画面にも映らなかった唐突なその令嬢の登場と、彼女の持つ、あまりの社会的な凡庸さ(俗物っぷり)は、モーリスとクライヴを見守っていた私たちに軽い衝撃を与えさえするでしょう。

ひとまずこうして、モーリスとクライヴは、社会的な壁を前にしてすれ違っていき、愛は一度、喪失する。ただしこれでは、以後、どこかの誰かと愛が成就したとしても、同時にではありません。

©1987 Merchant Ivory Productions Ltd. A Merchant Ivory Film in association with Film Four International and Cinecom Pictures

同時に成就と喪失を描くために、すれ違い、喪失を決定的な別れとしてではなく、むしろ決定的な別れを回避するためのものとして扱うところが、この映画の妙なるところです。つまり、モーリスとクライヴは、破局したあとも以前と変わらず同じ場所、時を共有し続けるわけです。モーリスを自らの屋敷に招くクライヴは、妻であるアンと同じ、あるいはそれ以上に、非常に凡庸な人間として描かれていますが、実のところは凡庸な人間になることで、クライヴはモーリスと共にいることが許される、とも言えるかもしれません。社会の目を気にし、社会的な地位を維持するため、クライヴはアンを選んだ。しかし、それはモーリスとの関係を終わらせないために、愛を喪失させ、社会的凡庸さを引き受けた、ということでもある。若き日、あんなにも先鋭的であったクライヴの、アンとの結婚後の戯画的とまでいうような変わりようはそんなことを思わされます。

しかし、それゆえに、社会に迎合したクライヴと、報われぬ愛に苦しむモーリスとの対比はどんどんと深くなっていきます。そんなモーリスの前に現れるのが、クライヴの猟場番として働く少年スカダー(ルパート・グレイヴス)です。

©1987 Merchant Ivory Productions Ltd. A Merchant Ivory Film in association with Film Four International and Cinecom Pictures

ある晩、モーリスとスカダーは関係を持ちます。しかし名家出身という社会的地位がクライヴとモーリスの前に壁として立ちふさがったと同じように、ここでも身分差という社会的要因がモーリスとスカダーの間に壁を作りもします。しかし次第に二人の仲もまた深くなっていく。そうしてモーリスとクライヴ/モーリスとスカダーという、重層的な関係が巧みに生み出されていく。

決定的な別れを回避するように社会的凡庸さを身にまとい喪失を選んだクライヴと、社会を捨て成就に賭けるスカダー。果たしてどちらが“正しい”選択だったのか……。どこまでも愛に賭けるモーリスとスカダーは、確かに物語の主人公とそのパートナーとしてふさわしい資質の持ち主かもしれません。しかし、モーリスとスカダーの強烈なロマンスの陰で、凡庸さを身にまとうしかなかった人々もまた多く存在していることもまた確かなことでしょう。成就と喪失を同時に描くことは、クライヴのような生/性を歩むしかなかった人々に光をあてることでもあります。

ひとまず言えることは、スカダーとクライヴによって、モーリスへの愛の成就と決定的な喪失が同時に描かれるラストは、選択の正しさ云々の前に、幸福でもあり悲痛でもある同性“愛”の情感があたりを濡らして、非常に美しく、あまりにも厳しい瞬間を作り上げていることです。


出演:ジェームズ・ウィルビー、ヒュー・グラント、ルパート・グレイヴス、デンホルム・エリオット、ベン・キングズレー
監督:ジェームズ・アイヴォリー
製作:イスマイル・マーチャント  原作:E・M・フォースター「モーリス」
脚色:ジェームズ・アイヴォリー、キット・ヘスケス=ハーヴェイ
音楽:リチャード・ロビンズ  撮影:ピエール・ロム  衣装:ジョン・ブライト ジェニー・ビーヴァン
1987年/イギリス/141分/カラー/ビスタ/5.1ch/R-15/原題:Maurice/字幕翻訳:戸田奈津子
配給:KADOKAWA   公式ホームページ:cinemakadokawa.jp/maurice

 

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Killer of Sheep

スラム街に暮らす黒人たちの暮らしを鮮やかに描き、望まれながらも長らく劇場公開されなかった、黒人監督チャールズ・バーネットによる幻の傑作。 1970年代中頃、ロサンゼルスにあるワッツ地区。黒人たちが住むそのスラム街で、スタンは妻と息子、娘の4人で暮らしている。スタンは羊などの屠処理の仕事をし、一家は裕福ではなくても、それほど貧しくはない生活を送っていた。しかし仕事に励むなかで、日に日にスタンの精神は暗く落ち込み、眠れない日を送るなかで妻への愛情を表すこともしなくなっていた。 子供たちが無邪気に遊びまわっている街は、一方で物騒な犯罪が起き、スタンの周りの知人友人にも小さなトラブルは絶えない。 そんななか、家の車が故障したため知人からエンジンを買おうと出掛けるスタン。しかしエンジンを手に入れたスタンは、その直後思わぬ事態に見舞われるのであった……。

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