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「Swallow/スワロウ」レビュー! 欲望をのみこんだ、その先に

映画「Swallow/スワロウ」(監督・脚本:カーロ・ミラベラ=デイヴィス)のメインビジュアルには、ヘイリー・ベネット演じる主人公、ハンターが口元に画鋲を当てがう姿と共に、こんな言葉が綴られている。

「“欲望”をのみこんでゆくー。」

その言葉通り、本作は誰もが羨む暮らしを手に入れた女性ハンターが、異物を飲み込むことに喜びを見出すという、衝撃的な、そしてある種理解し難い症状に陥ることから、話が展開していく。

ハンターは、誰もが羨むリッチな生活をしているが、心の内では孤独を感じている。なぜなら、彼女自身の内面を見つめ、愛してくれる人はいないからである。また、生い立ちのこともあり、自分の存在に対する肯定感が低いことも、孤独感に拍車をかけているように思う。

そんな自分の中にある「空っぽな部分」を、「とんでもないものを食べる」ことで埋めようとするハンター。人が思いもよらないようなすごいことをして、自分自身の尊厳をなんとか保っていたのだろう。

さて、今回は欲望をのみこんだ、その先に焦点を当ててみたい。あなたが食べ物を、もしかしたら異物を飲み込んだとき、最後にそれらがたどり着く場所はどこか…?

そう、トイレである。

ラスト、エンドロールの裏で女性用トイレの手洗い場の映像が流れ続けることからも、異物の飲み込むことと、体内から異物を排出するトイレという空間は、1セットで考えることができる。

冒頭から中盤、ハンターは呑み込んだ異物を、夫から与えられた豪華な自宅の小さなトイレで取り出す。その取り出された異物を確認することで、ハンターは自身の尊厳を保つ。いわば、夫から与えられた豪華な自宅の小さなトイレというスペースが、彼女自身の安全地帯であり、彼女の生きる世界の狭さを象徴しているとも言える。

終盤、ハンターは強制的に施設に入れられそうになるところを、自宅のトイレの窓から逃げ出す(実際にはトイレの窓から外へ逃げたわけではなさそうだが、ハンターの夫や義父母から見ると、トイレから逃げ出したような演出になっている)。これは、彼女が今まで生きていた、夫から与えられた小さな世界から自ら逃げ出したことを表している。 

ハンターがモーテルにいるシーンでは、部屋からユニットバスへ続く扉が開いている。これは、ハンターが自宅から逃げ出したものの、まだトイレ(=自身が呑み込んだ異物を確認できる安全地帯であり、夫から与えられた豪華な生活の一部)に未練があり、もしかしたら自宅へ戻るかもしれない可能性があることを象徴している。また、トイレも、自宅のトイレというパーソナルな空間から少し公共性の増した、モーテルのトイレになる。そしてラストシーン。今度やモーテルよりもさらに公共性の増した、ショッピングモールの公共トイレになる。ハンターはかつて自身の尊厳を保っていた自身から排出される異物に囚われることなく、トイレの個室というパーソナルで小さな空間にとどまることもなく、自身の足でトイレの個室から出て、外の世界へと踏み出していく。

今までは人に依存し、与えられた小さな場所で自分を殺して生きていたが、公共性のある場所、つまり、世の中に足を踏み入れ、自分の足をしっかり地につけて生きていく。

パーソナルなスペースである自宅のトイレから始まり、公共性の高いモーテルのトイレ、ショッピングモールのトイレへとハンターのいる場所が変移していく様子が、彼女の精神的な自立を可視化していたように思う。

また、豪華な自宅でおしゃれなドレスをまとい、ゴージャスすぎて名前がよくわからない料理を食べていた日々から、ショッピングモールで一人、スウェット姿でポテトフライを貪る様への変容は、明らかに経済的な豊さを失ったことを示しているが、スウェット姿でポテトを貪る姿の方が、どこかハンターらしいと感じてしまうのだから可笑しい。

今更改めて文章にすることでもないが、経済的に豊かであることと、精神的に幸せであることは別問題なのだ。どんなに経済的に豊かであっても、自分らしく生きられないのであれば、それは幸せとは言えない。映画序盤の、誰かに与えてもらった借物の幸せで生きていた日々の姿より、終盤の、崖っぷちだが自分で考え行動していく姿の方が、ハンターの目の奥に宿る生きる力が燦燦と燃え盛っているように感じた。

エンドロールでは、女性用トイレの手洗い場の映像が流れる。たくさんの女性が入れ替わり、個室から出て、世界へと足を踏み出していく。パーソナルで小さな個室を、「イエ」であったり、公共性の薄い閉ざされた場所と仮定すると、そこから自分の足で出ていき、手洗い場の鏡の前でしばし自身を見つめ、そして外へと踏み出していく姿が、女性全体への励ましや温かいエールのように思えた。

 

*****

Swallow/スワロウ』

202111日 新宿バルト9ほか 全国ロードショー

Copyright © 2019 by Swallow the Movie LLC. All rights reserved.

出演:ヘイリー・ベネット、オースティン・ストウェル、エリザベス・マーヴェル、

デヴィッド・ラッシュ、デニス・オヘア

監督・脚本:カーロ・ミラベラ=デイヴィス

音楽:ネイサン・ハルパーン

撮影:ケイトリン・アリスメンディ

編集:ジョー・マーフィー

2019年/アメリカ・フランス/シネマスコープ/95分/英語/レイティング:R15+

原題:SWALLOW/字幕翻訳:平井かおり

配給:クロックワークス

公式サイト

http://klockworx-v.com/swallow/

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Killer of Sheep

スラム街に暮らす黒人たちの暮らしを鮮やかに描き、望まれながらも長らく劇場公開されなかった、黒人監督チャールズ・バーネットによる幻の傑作。 1970年代中頃、ロサンゼルスにあるワッツ地区。黒人たちが住むそのスラム街で、スタンは妻と息子、娘の4人で暮らしている。スタンは羊などの屠処理の仕事をし、一家は裕福ではなくても、それほど貧しくはない生活を送っていた。しかし仕事に励むなかで、日に日にスタンの精神は暗く落ち込み、眠れない日を送るなかで妻への愛情を表すこともしなくなっていた。 子供たちが無邪気に遊びまわっている街は、一方で物騒な犯罪が起き、スタンの周りの知人友人にも小さなトラブルは絶えない。 そんななか、家の車が故障したため知人からエンジンを買おうと出掛けるスタン。しかしエンジンを手に入れたスタンは、その直後思わぬ事態に見舞われるのであった……。

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