「一人暮らし」と「独り暮らし」
グッチーズ字幕制作担当です。2014年3月にアメリカン・スリープオーバーを上映してから早1年と2か月、最近新しい作品の翻訳に取り掛かりました。しかしその冒頭に出てくる「He has his own apartment?」という台詞を訳すにあたり、早くも疑問が。「ひとりぐらし」の表記は「一人暮らし」? それとも「独り暮らし」? うーん両方見たことあるぞ。皆さんはどちらが正式表記だと思いますか?
とりあえず、ネットの検索エンジンでヒット数を比較してみました。すると、「一人暮らし」が約3100万件に対し、「独り暮らし」は約50万件。世間では圧倒的に「一人暮らし」の表記が用いられているようです。
では翻訳業界に限ってはどうでしょうか。字幕翻訳者の必需書「朝日新聞の用語の手引き」を引いてみます。世間で使用頻度の高い「一人暮らし」が正解なのかと思いきや、本書によればどちらも使用可能とのこと。ただ、これらの表記は文脈によって使い分けられているらしいんです。その基準となるのが、「暮らしに寂しさが漂っているか」……。つまり、「新社会人の一人暮らし」や「老人の独り暮らし」等と使い分けるようです。なるほど、書き手もしくは世間が対象に抱いている印象を含んでいるんですね。
言われてみれば、ヒット数を調べた際の、それぞれの関連ワードに注目すると確かに違いがありました。概ね「費用」「節約」「家具」等の共通ワードが並ぶ中、「独り暮らし」の関連ワードには、「寂しい」というものも上がってきました。これは「一人暮らし」検索時にはなかった関連ワードです。
先述のシーンで「ひとりぐらし」をしているのは男子高校生で、特に「寂しさ」も感じられないので、この場合は「一人暮らし」を当てることにしましょう。でもこれって結構デリケートな選択が要求されていませんか? だって、誰かに「独り暮らし」の表記を当てる時は、その人物を寂しそうと感じているという印象を周囲に与えてしまう恐れがありますからね。現実は新社会人と老人の例のように単純で極端ではありません。そもそも、孤独に暮らす若者もいれば、隣人との交流を楽しみ生き生き暮らしている高齢者もいるでしょう。また、新社会人と老人の間には様々な年代の様々な事情の人がいます。例えば、お年頃の女子に「独り暮らし」を当てちゃうアナタは知らぬ間に敵を作っているかも。朝日新聞社が我々に委ねている選択は実はなかなか残酷なような気がします。
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