劇場まわり飯vol.1
突然ですが、映画館で映画を観ている時、異様にお腹が空いた経験はありませんか?
気の遠くなるような空腹のなか、お茶を噛み噛みしながら飲み、お腹をグウグウ鳴らせるままにして、しかしそれこそ食い入るように映画を観たなんてことはないでしょうか。
そんな空腹を即座に、もしくは事前に解決するためには、映画館の近くにちょいといい店を知っていたら話が早い。
とうことで、ここではそんな腹ペコ映画鑑賞者が映画館周辺を彷徨うことのないよう、毎回ひとつ映画館を取り上げ、その映画館周辺のサクッと入れて美味しいお店を紹介していきます。
つまり、あまり映画には触れない、雑記のようなものだと思って頂ければこれ幸いです。
第一周目は「ラーメン編」として、新宿エリアの映画館周辺にある美味しいラーメン店を、劇場の情報とともにお伝えします。まず初回は「最近のラーメンって……」という話を、伝説のラーメン映画『タンポポ』に、スープのごとく絡めながら少し書きたいと思います。「15分あれば喫茶店に入りなさい」、ととある本に書いてあるが、30分あればラーメン屋に入ったほうがいい。一人で入れて提供(着丼)も早く、エリアごとに様々な店があるラーメンは、映画鑑賞と相性がいいのだ。
しかし30分あってもひとつ注意したいことがある。それは、「最近のラーメンはよくわからない」ということ。「最近の若者」や「最近のJ-pop」ならいざしらず、ラーメンがわからないとはどういうことかといえば、それは一重にその種類の多さにある。
醤油、塩、味噌、とんこつなどお馴染みのものから始まり、最近ではこってりトロトロの“鶏白湯ラーメン”や、ニボ中毒者続出の“煮干しラーメン”、変わった具材の“蛤ラーメン”や、聞いただけでは甘いか辛いかも想像つかない“徳島ラーメン”(甘い)など実に様々なラーメンが全国的に展開している。そしてそれぞれの味は“とんこつ味のラーメン”ではなく“とんこつラーメン”たるジャンルとして確立され、専門店を出し、「ラーメンを食べよう」なんて適当に入店すると、それこそ腹積りと違うなんてこともありえるのだ。
しかし30年前の東京のラーメン事情は、昨今とは異なっていたらしい。
ここで一本の映画に触れたい。
(『タンポポ』のBDパッケージ)
1985年公開の映画『タンポポ』である。この可愛らしいタイトルの映画は、伊丹十三監督によるコメディで、“ラーメンウエスタン”と銘打たれたなんとも奇妙な、観ると腹が減る映画である。そしてラーメン好きなら一応必見の映画なのだ。
あらすじとしては、山崎勉演じるタンクローリー運転手のゴローが、フラッと立ち寄ったラーメン屋でトラブルに巻き込まれ、なんの因果かその店を街一番の人気店にするために一肌脱ぐというもの。確かに流れ者が勝手に来て勝手に首突っ込んで勝手に去っていくという筋は西部劇みたいだが、ラーメン屋を切り盛りするシングルマザーのヒロインはもちろんいつもの宮本信子さんだから安心して欲しい。
ちなみにこの映画は「食」に関する執念がすごい。
この映画、本筋のラーメン修行の他に、「食×○○」とも言うべきサイドストーリーをいくつも挿入しながら展開していくのだが、どれもが食に対して執念のごとく必死の形相を見せ、ちょっとした狂気をはらみ、つまりコメディになっている。
(『タンポポ』より。安岡力也の顔にナルト。絶対コメディだ)
そんななかメインストーリーでは、宮本信子演じるタンポポ(←人名)が、次々現れる達人たちに学びながら、麺はあーだスープはこーだと修行を重ねていく。そして最後にどうなるかはまあ観ていただくとして、彼女が一貫して目指しているのは“美味いラーメン”である。
美味いラーメン……? 鶏白湯かしら?と思ったOLさんがいてもおかしくはない。しかし劇中でそれは、多くの人が “中華そば”と言って思い浮かべるような醤油ラーメンを指している。そう、たぶん今でいう“昔ながらのラーメン”だ。
そして彼女たちは美味しい醤油ラーメンを極めるために試行錯誤するのだが、それは「当たり前に作った当たり前のラーメン」であるという。しかしそこには並々ならぬこだわりがつぎこまれているのがわかり、実に美味そうだ。観ていると、「今すぐ醤油らーめん食べたいな」と思う。(これは東海林さだお氏いわく、「ラーメンのサンダル現象」というらしい)
なんの話かというと、30年前の東京では恐らく現在と比べて多くの人が美味しいラーメンというものに共通のイメージを持っていたのだろうということだ。そしてそれがちょっといいなと思ってしまうのが、人々がラーメンを食べ終わった時の描写にある。その一杯を食べたなら誰もが最後の一滴までどんぶりの中身を平らげ、「ふぅ」と至福の笑みを浮かべるのだ。つまり、そういう味なのだ。
(『タンポポ』より。この後どんな表情になるのか、是非観て欲しい)
最近耳にするグルメの味の感想はというと、「あっさりしてるけどコクがある」とか「濃厚だけどしつこくない」とかもう感想がツンデレだ。まあこれは料理コメント全般に言えることだが、ラーメンの場合これに「麺とスープのバランスが良い」も加わる。海なるスープと大地なる麺、そしてそこに暮らす焼豚たちとのバランスこそが、ラーメンには重要なのである。判断基準が壮大で複雑だ。
それと比べると、スープを飲み終えて、ただ「ふぅ」と笑みを浮かべることのシンプルさ。もし実際にはそんなラーメンは存在しなくても、それを作り上げたこの映画の暖かさ。作り手のストーリーは丼を通して客の体内へと移動し、その結末はスープを飲み干した表情にのみ表れるのだ。
……なんて大げさなことを言ったが、「あっさりしてるけどコクがある」系の感想も、別に嘘を言ってるわけじゃないし、というか表現としては便利でなんとなくだが言いたいこともわかる。
なのでこれから私がラーメンの紹介をするにあたっては、上記のような表現をバンバン使う。もはやこれらの表現が蔓延したからには、抗うだけ本意を妨げてしまう。初めに言っておきます。全然意味わからなくても、バシャバシャ使います。
終わる前にもうひとつ。
先日新宿にある煮干ラーメンの店でひとりラーメンを啜っていると、恰幅のいい欧米の外国人観光客のカップルが入ってきて、入り口の券売機とにらめっこしていた。その店はラーメンの他つけ麺やサイドメニューも多く、日本人でも迷ってしまう。するとカップルは店員をつかまえ、「Do you have chicken?」と尋ねた。すると、店員は、「ノー、ポーク!」と言い、カップルは「Oh……」と肩をすくめ店を後にした。
そのやり取りを見て、あの外国人カップルは果たして何味が食べたかったんだろう?と気になった。鶏ガラスープの醤油ラーメンなのか、はたまた流行の鶏白湯のことなのか。いや待てよチキンのラーメン……チキンラーメン……と可能性は数多浮かぶ。しかも店員が放った「ポーク!」というのも、いやここのウリは煮干だろ、と謎めいてくる。もちろん豚骨も入っているのだろうが、気になって調べたら鶏がらでも出汁を取っている。じゃあチキンだ。わけがわからない。たぶんあれは、「チキンラーメンありますか?」「ねえよ豚野郎」という会話だったんだろう。
ラーメンの多様化は到底外国人旅行者にマスターできる範囲にないのかもしれない。
ということで、昨今のラーメンは多様化しすぎ、複雑化でよろしくない……という勢いできてしまいましたが、実のところ、私自身の思いはその反対なのです。つまり、色んな種類のラーメンが食べれる現在で良かったなと思っている口です。
でも、『タンポポ』のような時代も、やっぱりなんだかいいんですね。
では最後に、ラーメン評論家の石神秀幸氏の著書『ラーメンの真髄』よりお言葉を引用します。
同じラーメンという食べ物でありながら、まるで似ても似つかない味とスタイル。そこに私はラーメンという食べ物が持つ無限の可能性を感じ、生涯をかけて取り組むに値する仕事だと決断できたのです。
生涯!!
次回は新宿武蔵野館の周辺の飯です!
(映画『タンポポ』予告編)
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