映画『GAGARINE/ガガーリン』に寄せて
フランス語で「郊外」を意味するBanlieue(バンリュー)という言葉は、遠回しに貧困層の住む公営団地を指すこともあるらしい。バンリューが舞台のフランス映画としてはマチュー・カソヴィッツ監督の『憎しみ』(1995)が有名で、近年では『ガールフッド』(2014)や『ディーパンの闘い』(2015)、『レ・ミゼラブル』(2019)などの傑作が立て続けに生まれている。『GAGARINE/ガガーリン』(2020)もまた、バンリュー=団地映画の系譜に位置付けられる作品といえる。
団地は、(私も日本の団地で少年時代を過ごしたので幾許かは分かるのだが、)その地域のコミュニティを建築群が丸ごと内包してしまうという点で特殊な住環境だ。特に子供にとっては学校の生徒が丸ごと団地組だったりするし、お祭りなどのイベントも団地の敷地内で行われるので、日常も非日常も団地が舞台となる。『GAGARINE/ガガーリン』には日食を皆で観測するシーンがあるが、あれは団地で育った人にとっては懐かしいリアリティを伴う描写だと思う。子供にとっては団地が世界のすべてにも思えるし、自転車をこいで団地の外に出かけることは冒険だった。そうして成長に伴い、世界の境界を少しずつ押し広げていく団地の青春は、フランスのバンリューでも同じであるようだ。
しかしガガーリン団地の青春は、老朽化による取り壊しという避けられない運命によって突如奪われてしまう。映画に出てくる若者たちは、未成年ゆえに自由意志による選択肢を持てず、親に付き従うままそこを去るのみだ。孤児同然の境遇のユーリだけが、自分の世界を大人に明け渡すことを拒み、団地という巨大建造物を宇宙船に見立てて孤独な籠城戦を始める。移民たちが暮らすコロニーとしての団地がそのままスペースコロニーへと変貌を遂げていくというイメージの転換は鮮やかで、無重力感のある映像は劇中でも特に印象的だ。それは心踊る秘密基地での暮らしでありながら、外界を拒絶する絶望的な逃避行でもある。
バンリューという言葉の語源には諸説あるそうだが、その一つによればもともと「立ち入り禁止区域」という意味があったという。その真偽はさておき、『GAGARINE/ガガーリン』のフェンスで閉ざされた団地は、まさに排除された場所でありながら確実に存在してきたバンリューそのものであり、そこに息づいていた市井の人々のポートレイトでもある本作は、このフランス映画の一ジャンルにおける最新の到達点なのだ。
(Text: 関澤朗)
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〔ファンアート制作にあたって〕 映画の最後、ガガーリン団地に実際に住んでいた人々の生の声だろうか、
“引っ越したけど自分の家じゃないと感じる。ずっと広くて部屋数も多いのに。・・・・ガガーリン団地で育ったのは誇りよ”
というシーンがある。多くの人種、貧困、トラブルを抱えた人々の人生を見守り、最後は空っぽの箱のようになり壊される団地だが、この場にしがみついて居続けることはできない。自分の意思ではないもっと大きなものに取り込まれ、強制的に別の選択を迫られる住民たちも、取り壊された先でまだ人生は続いていくのだ。箱の中で夢を追っていたユーリが、新しく歩んでいく人生の第二幕。過去と未来とをつなぐ壁を、壊しても進まねばならないという彼の意思を尊重したい。 試写の機会をいただき、ファンアートを作成しました。
(Fan art: 佐川まりの)
『GAGARINE/ガガーリン』
監督:ファニー・リアタール&ジェレミー・トルイユ 出演:アルセニ・バティリ、リナ・クードリ、ジャミル・マクレイヴン、ドニ・ラヴァンほか
2020|フランス|98分|カラー|シネスコ|5.1ch|フランス語|原題:Gagarine 配給:ツイン ©2020 Haut et Court – France 3 CINÉMA 映倫G
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