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『メモリーズ・オブ・サマー』アダム・グジンスキ監督インタビュー!

12歳の頃の記憶が思い出せないでいる。
頑張って思い出そうとするけれど、なぜか失敗したことや恥をかいたこと、後悔したこと、泣いたことなど、あまり思い出したくないような過去ばかり出てきてしまう。ひどいことを言ってしまって傷つけた時の友達の顔や悪さをして怒った時の先生の顔、失敗した時の悲しげな親の顔。もちろんそこには笑顔の時間もたくさんあったはずなのに…..。
そんな他人の表情を全身で受けていた子供の頃。 無垢で繊細で多感で縦横無尽だった。光が当たると綺麗に見えるけど、ひびが入ると簡単に砕けてしまうガラスみたいだった。
ピョトレックの顔を見て、そんなことを思い出した。その時はなぜわからなかったんだろう、という思いで歯がゆくなった。
そのうちに、自分が成長して大人になっていっていることに気づく。

『メモリーズ・オブ・サマー』を2回続けて見た。
1度目は心を痛めた。大人びたピョトレックの姿に虚しくなって、ウキウキ気分で子供を置いて遊びに行く母親には「子供に背を向けなさんな!」とお叱りモードだ。
見終わって、停止ボタンを押した。しばらく放心していたけれど、一息つくとまた、ぐるぐる前に戻り、再生ボタンを押した。「ピョトレックがほっとけない!」そんな気持ちで。
2度目を見始めると笑顔のピョトレックと母ヴィシャがいた。二人にもこんな時があったんだなーと安心する。(誰目線だろう)
でも、その時に気づいたことは、思い出は繰り返されるってこと。
これまでの思い出が映画のフィルムみたいにイメージとして連なる。ふたりには暗い未来が待ち受けていることを私は知ってしまった。だけど、きっと物語の先ではコマは増え続ける。その先にもしかしたら明るい未来があるかもしれない。明るい笑顔でピョトレックと母ヴィシャ、さらにはお父さんもが湖に飛び込む様子が見られるかもしれない。「ピョトレックとヴィシャにはそんな可能性がまだ過去の思い出の中に散らばっているじゃないか!」そうかんがえれば、「思い出」を思い返すことができたなら、きっと成長することができるんだなと思う。
そうしたら、三度目は成長点探しだ!今度はどんどん突っ込みたいことが増えていく。「背中のファスナーくらい自分で上げろ!子供は母親の背中を見て育つんだぞ!」とか。
こういう見方もすごく楽しくて。私にとってとても愛せる映画になりました。

そして、そして!
今回は『メモリーズ・オブ・サマー』のアダム・グジンスキ監督が来日し、インタビューをしました!初めてのインタビューなので、ドキドキです。(もっとこんなこと聞いてほしいなーなどあったらぜひ、一番下のcomment欄へお願いします☺)

Qこのテーマは親子間のコミュニケーションという誰もが通る普遍的なテーマに成り立っていますが、ポーランドという国、またその背景がこの親子間を一層際立たせているように思います。どのような効果があるとお思いですか?

A この映画のテーマは日本でも、どこの国でも起こりうる普遍的なものです。親子間の複雑なテーマに対して湖など自然の美的背景は対局のものとして象徴できます。

こんなに綺麗な景色の中で無防備な二人がすごく印象に残ってた。湖に飛び込むシーンも脳内で再生されるイメージみたいだ。ポーランドの自然は「思い出」にふさわしいくらい美しい場所だなって思ったけど、どこか幻想的だった。この世界には二人だけしかいないように感じる儚さがある。二人だけの時間の流れがある。「ずっとこの時間が続けばいい」と思うときはあるけれど、それは無理だ。残酷だけど、思い出の中の一つ。もう一度体感したいなら、もう一度、同じ場所へ。ピョトレックはその後、ガールフレンドのマイカと再び湖に来る。

Q母ヴィシャ(ウルシュラ・グラボフスカ)がエスカレートしていく中で、ピョトレック(マックス・ヤスチシェンプスキ)は次第に母親を制していくようになりますが、このストーリーの組み立て方はどのように作られましたか?

A初めはいくつかのバージョンでシナリオを書いていました。書き改めていく先でこの作品が生まれました。現場はシナリオを変えることはありません。息子の心情とともに行動していくための必要最低限のエピソードを生み出しました。

ピョトレックの成長はどこにあるんだろう。無我夢中で母の夜遊びを止め、母を抱きしめる。疲労する母の看病をする。母だって、止めることはきっとできなかった。少女の心は忘れられずにあるから。
母親になってからの成長は子供の成長を見たときに、思い起こされるのかもしれない。
ピョトレックが母親の顔を見つめなくなる日は来るんだろうか。ヴィシャの前を歩き、振り向き、そしてまた頼もしく歩いていく姿が見たい。

Q映画の序盤で汽車とともに自転車で並走する母ヴィシャ、女友達マイカのそれぞれのシーンとラストで母と息子を隔てる汽車、他にもセンシティブなシーンで汽車の音がありますが、監督自身汽車をどのようなメタファーとして描かれていますか?

A汽車は映画でさまざまな表現をしてきました。この映画において汽車には3つのイメージがあります。1つは父のイメージ、2つは町と家を隔てるもの、3つは力です。ラストの少年が強い感情で線路の上に立ち止まるように。力強いものを表します。総じて言えば、避けられない運命、恐怖感のようなものと遊び、思い出、ロマンチックで冒険的なものなど様々な役割があります。

汽車の音を生で聞いたことがなかったと思う。想像すると、スポーツカーが激しい音を立てて、表参道を横切るようなものだと思ってしまう。だから、私にとっての汽車は映画の方がもっと近くに感じる。リュミエール兄弟『ラ・シオタ駅への列車の到着』からウェス・アンダーソン『ダージリン急行』、『ハリー・ポッター シリーズ』まで、いつの間にかいろんな汽車の登場シーンを見てた。ブレーキ音と加速音、水蒸気が吹き出る音はいつも私の気持ちを高ぶらせた。
『メモリーズ・オブ・サマー』の汽車はピョトレックたちとは一定の距離感を感じる。この街の駅には止まらないんだろうか。汽車は二人を追い越していく。「僕は2人には関与しないよ」というように。汽車は駅にたどり着いたものにだけ、ドアを開けてくれる。この親子はもうちょっと線路を歩いて行かなければいけないんだな。
汽車がもう一度姿を表すのは物語の終わり。ピョトレックと母を遮る時、汽車に負けないで向き合ってほしいと願う。

「親子」一緒に歩いていたのが、いつの間にかそれぞれの歩みになっている。
切り離せない関係の中でお互い成長し、自立していくこと。
私も、前を向いて成長しなければいけない。汽車に乗ったピョトレックに追い越されたくないからね!

『メモリーズ・オブ・サマー』みなさま、ぜひ劇場でご覧ください!

6月1日(土)より、YEBISU GARDEN CINEMA、アップリンク吉祥寺ほか全国順次ロードショー

© 2016 Opus Film, Telewizja Polska S.A., Instytucja Filmowa SILESIA FILM, EC1 Łódź -Miasto Kultury w Łodzi

監督・脚本:アダム・グジンスキ
撮影:アダム・シコラ 音楽:ミハウ・ヤツァシェク 録音:ミハウ・コステルキェビッチ
出演:マックス・ヤスチシェンプスキ、ウルシュラ・グラボフスカ、ロベルト・ヴィェンツキェヴィチ
原題:Wspomnienie lata /2016年/ポーランド/83分/カラー/DCP
配給:マグネタイズ 配給協力:コピアポア・フィルム
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Killer of Sheep

スラム街に暮らす黒人たちの暮らしを鮮やかに描き、望まれながらも長らく劇場公開されなかった、黒人監督チャールズ・バーネットによる幻の傑作。 1970年代中頃、ロサンゼルスにあるワッツ地区。黒人たちが住むそのスラム街で、スタンは妻と息子、娘の4人で暮らしている。スタンは羊などの屠処理の仕事をし、一家は裕福ではなくても、それほど貧しくはない生活を送っていた。しかし仕事に励むなかで、日に日にスタンの精神は暗く落ち込み、眠れない日を送るなかで妻への愛情を表すこともしなくなっていた。 子供たちが無邪気に遊びまわっている街は、一方で物騒な犯罪が起き、スタンの周りの知人友人にも小さなトラブルは絶えない。 そんななか、家の車が故障したため知人からエンジンを買おうと出掛けるスタン。しかしエンジンを手に入れたスタンは、その直後思わぬ事態に見舞われるのであった……。

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