リチャード・リンクレイター監督『サバービア』解説
10/14・15(土・日)の2日間、東京藝術大学大学院映像研究科・横浜市文化観光局オープンシアターと企画協力のグッチーズ・フリースクールにより開催される未公開映画上映会。このページでは、14日に上映されるリチャード・リンクレイター監督作『サバービア』についての解説をお送りします!
インディペンデントとメジャー、その両方の重要なフィルモグラフィーを持つリンクレイター監督の魅力に迫る本解説を読んで、10月14日(土)に横浜馬車道で開催される『リンクレイター特集』をお楽しみください!
「ロスト・ピースとしての『サバービア』」
テキサス州オースティンの郊外。 “バーンフィールド” という架空の町が、映画『サバービア』の舞台だ。とある夜、コンビニの駐車場に地元の若者たちが集い、ムダ話と乱痴気騒ぎでモラトリアムをやり過ごす。主人公は実家のガレージにテントを張って居候、小説家志望と言いながらも昼間から寝転がっている青年ジェフ(ジョバンニ・リビシ)。ガールフレンドのスーズ(エイミー・キャリー)にはニューヨークのアートスクールに進学する夢があり、覇気のないジェフとは距離を感じている。ジェフの親友で仲間内でもとびきりのバカ、バフ(スティーヴ・ザーン)はピザ屋でバイト中。空軍を名誉除隊した出戻りのティム(ニッキー・カット)は早くも諦念を醸しているし、スーズの女友達のビービー(ディナ・スパイビー)はアルコール依存症のリハビリ中だ。お世辞にも希望にあふれているとは言いがたい、あまり見込みのなさそうな彼らの元に、地元を飛び出してロックスターとして成功した旧友のポニー(ジェイス・バルトーク)が遊びにやってくる。いつもと変わらないコンビニの駐車場で、彼らはポニーの来訪によって嫉妬や憧れ、焦りや不安を感じはじめる——。

TM & © Warner Bros. Entertainment Inc.
郊外=suburbiaという名詞をそのままタイトルに冠した『サバービア』は、リチャード・リンクレイター監督の1996年公開作品である。リンクレイターが若者たちの狂騒を鮮やかに描いた『バッド・チューニング』でハリウッドデビューしたのが1993年。1995年にはイーサン・ホークとジュリー・デルピー主演の甘いラブロマンス『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離』を送り出しているから、プロの映画監督として勢いに乗ってきた頃のリンクレイター作品が『サバービア』といえる。
ところが、この映画についての評価がいまいち芳しくない。例えば映画レビューサイト「Rotten Tomatoes(ロッテン・トマト)」では、『バッド・チューニング』『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離』が観客の90%以上の肯定的な評価を獲得しているのに対して、『サバービア』は67%と急落。また「ローリング・ストーン」米WEB版が2014年に発表したリンクレイター監督作品ランキングでは、なんと最下位という不名誉に甘んじている。そして日本でも、本作は約20年ものあいだ未公開という憂き目にあってきた。
ここまで評価が低調な理由のひとつは、この映画に通底する暗いトーンにあるかもしれない。郊外のコンビニの駐車場という地味なロケーション。冴えない若者たちを演じる俳優陣に、その後ブレイクすることになるスターは一人もいない。青春映画ではあるが登場人物たちの年齢はやや高めで、みな人生に閉塞感を覚えている。そのうえ物語の起伏は少なく、彼らの軋轢や感情の乱れを描いているから、見ていると憂鬱な気持ちになってくる。同じリンクレイター作品と比べても『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』のような明るさはないし、『スクール・オブ・ロック』のようにわかりやすいストーリーでもない。いわゆる抜けの良いキャッチーな映画でないのは確かだ。

TM & © Warner Bros. Entertainment Inc.
しかし、もしあなたが『サバービア』に魅せられるとしたら、まさにその暗さやメランコリックなムードにこそ惹かれるはずだ。ロードサイド・アメリカの疎らな街並みは、ほぼ全編に渡る夜のシーンでひときわ寂寥感を増しているが、暗闇に浮かび上がるコンビニの蛍光灯はなぜか美しい。俳優たちにハリウッドの典型的なスターはいないものの、この世界で本当に息づいていると思わせるリアルさがある。彼らはそれぞれが個性を持っていて、特定の一人の肩を持つような趣向は見られない。例えばロックスターになったポニーは、いかにも天狗になったイヤな奴として造形されそうなキャラクターだが、実際には謙虚で人当たりのよい好青年として登場する。安易にステレオタイプな人間関係にはめ込まないから、全てのキャラクターに親しみや共感を抱くことができる。『サバービア』は何よりもまず、群像劇としての豊かさを湛えている。
またこの映画のメランコリーは、90年代アメリカの若者世代、いわゆるジェネレーションXの煩悶に寄り添ったものでもある。アメリカの伝統的価値観はすでに過去のものとなり、不景気で世相は悪く、若者にとっては夢を持ちにくい時代である。ジェネレーションXを描いた青春映画としては『リアリティ・バイツ』が筆頭に挙げられるが、『サバービア』も同様のテーマ——将来への漠然とした不安、大人へと成長できずにいる停滞感——を共有している(ちなみにバフ役のスティーヴ・ザーンは『リアリティ・バイツ』にも出演している)。
加えて、『サバービア』の場合は郊外という要素も重要だ。『リアリティ・バイツ』は同じテキサス州でも大都市のヒューストンが舞台で、モラトリアムでも将来への期待値は遥かに高かったし、景気も良さそうだった。『サバービア』の場合はより深刻だ。なにしろ若い奴らの溜まり場がコンビニの、しかも駐車場である。他にどこへ行くところもない、寄る辺のなさが若者たちの孤独や焦燥をより一層強めている。バーンフィールド(Burnfield≒焼け野原)という架空の地名は象徴的だ。ちなみにこのコンビニの店主はパキスタン人で、移民の彼は仕事の傍ら学校に通い、資格を取ってキャリアアップするという明確な目標に向かって邁進している。いわゆる古典的なアメリカン・ドリームを夢想しているのが異邦人で、郊外の若者がそれを信じられずにいるのが皮肉であり、絶望的でもある。一度は地元を離れ、外の世界に触れながらも出戻ってきたティムは言う。「どう思う? 笑えるほど惨めだろ」。確かに、この映画の若者たちは惨めだ。しかし笑える。『サバービア』は、悲壮感はあるが可笑しくもある悲喜劇として絶妙なバランスを保っているのだ。
この映画のもう一つの魅力は、リンクレイター監督の独特な演出スタイルにある。『スラッカー』や『ビフォア〜』シリーズに顕著な、屋外をそぞろに歩きながらのとりとめない会話と、それを長回しで延々とフォローするカメラワーク。また『バッド・チューニング』のように、一晩の出来事を時系列に沿って実時間に近い形で見せる手つき。特定の区切られた時間が引き伸ばされ、緩慢ともいえる流れの中で饒舌に語り合う人物たち。リンクレイターが本作をめぐるインタビューにおいて用いた言葉を借りれば「自叙伝体の」こうした話法は、映画のキャラクターに近づき、親しみを覚え、ある意味で彼ら自身の人生を生きているような体験となる。
映画の中で流れる「時間」については、リンクレイター作品においては随所にこだわりが見られる。その最たる例は6才から18才までの子供の成長を実際に撮影した『6才のボクが、大人になるまで』であり、9年ごとに同じキャストで続編を制作している『ビフォア〜』シリーズも、定点観測のような面白みがある。それらとは違う形だが、『サバービア』においても時間は重い意味を持つ。直接描かれることはないものの、郊外の連中とポニーの間に横たわる数年間の空白が、断絶された時間として映画を駆動させているからだ。アメリカで最も有名な映画評論家の一人、ロジャー・イーバートは本作を評してサミュエル・ベケットの戯曲『ゴドーを待ちながら』との類似を指摘している。浮浪者たちが決して来ることのないゴドーを無為に待ち続けたように、『サバービア』は、ポニーに象徴される郊外の外側の存在——それは大人になるということでもある——を延々と待ち続ける時間の虚しさについて語っているとも言えるかもしれない。
最後に音楽についても触れておきたい。『サバービア』ではBGMがわずかな例外を除いて全く用いられず、音楽はもっぱら登場人物たちが実際に聴いているという形で存在する。名を連ねるのは本作のために数曲を書き下ろしたSonic Youthをはじめ、BeckやFlaming Lipsなど。90年代USインディーのお歴々をフィーチャーしたサウンドトラックは、20年経った今、さらに煌めきを増している。特にSonic Youthのオリジナル曲 “Bee-Bee’s Song” をラジカセでかけながら、ビービーが一人でダンスのステップを踏むシーンは素晴らしく、ダウナーな魅力を放っている。今回同時上映される処女作の自主映画『イッツ・インポッシブル・トゥ・ラーン・トゥ・プラウ・バイ・リーディング・ブックス』においてダニエル・ジョンストンをカメオ出演させたリンクレイターらしい、インディーセンスに溢れた選曲となっている。
今回の『イッツ・インポッシブル〜』と『サバービア』上映を見れば、リンクレイターのフィルモグラフィーは全て網羅することができる。インディーとメジャーを自在に往還し、いつまでも実験精神に溢れるこの監督の最後のロスト・ピースを、ぜひスクリーンで目撃してほしい。
文:関澤朗
『サバービア』
SubUrbia
アメリカ/1996年/121分/カラー
監督:リチャード・リンクレイター
出演:ジェイス・バルトーク エイミー・キャリー ニッキー・カット
東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻HP
http://geidai-film.jp
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