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映画はただ私の生活の中だけにvol.2『ブリグズビー・ベア』

新興宗教にはまって高い仏壇を買う人に、だまされているというのは簡単だ。ろくでもない男に貢いでいる女の子に間違っているというのも、健康にいいなんとか水を買う人のことを笑うのも。
けれども、はたから見たらどれだけだまされているとしたって、それによって本人の心が救われるのだとすれば、その人にとって見合う価値があるのであり、幸せなことではないか。結局これらを不幸であり被害者だと思うのは、一般的な常識や文化にのっとった世間の見方にすぎない。

「ブリグズビー・ベア」は主人公ジェームズが愛しているテレビ番組である。ただし、これは本物の番組ではなく、彼を誘拐し軟禁していた偽物の父親が彼のために作り続けた偽物の番組だった。
警察に保護された彼を待っていたのは、テレビ番組が何チャンネルもあり、たくさんの映画や音楽のあふれた、大きな大きな世界。それでも彼の世界の中心にはいつだってブリグズビー・ベアがいて、誰がなんと言おうと、ブリグズビー・ベアだけが彼のヒーローなのである。しかし困ったことには、新作を作ってくれる「古い」パパはもういない。

世間一般から受け入れがたい価値観だとしても本人は幸せかもしれないが、ただし周りの人がそれを受けいれられるかどうかは別の話だ。大切な子どもが宗教や男にだまされていると思えば親は黙ってみていられないし、やっと家に帰ってきた息子が誘拐犯の作ったビデオに執着し続けるだなんて本物の両親が苦しむのは当然である。
ジェームズははからずも、世界でたった一人のために作られたブリグズビー・ベアを外の世界に連れだした。

誰にも知られることのなかったブリグズビー・ベアは、次第に周囲の人にも見られていく。一方でジェームズの人生の全てだったブリグズビー・ベアもまた、彼を外の世界へと連れ出していく。ブリグズビー・ベアのビデオを貸すことでジェームズは友達と仲を深め、初めて同じ体験を誰かと語りあうことを知る。そして自ら新作映画を作ることを決めたジェームズは、撮影へ挑んでいくなかで、友人や妹、周りの大人を巻き込んでいく。ブリグズビー・ベアへの執着が、結果的にジェームズが周りの人間との関わりも摩擦も生み出すきっかけとなっていくのだ。

間違った愛なんて存在しない。その人が向き合おうとする態度が誠実であれば、その対象がなんであれ愛すること自体を否定はできない。ただし、どんなに大切な人でも家族でも、その愛を共有できないことはある。そもそも、愛情に限らず人間の感情なんて、本当のことは共有不可能なものだから。
それでも私たちは、それが自分にとってどれだけ大切なのか伝える努力ができる。相手のその気持ちを想像することはできる。本物の両親にとってブリグズビー・ベアが憎い対象だとしても、ジェームズの気持ちを尊重することはできる。彼らが25年間どれだけ苦しんだかは計り知れないが、ジェームズにも少なくとも想像することはできるはずだ。ブリグズビー・ベアの新作を作ろうとする中で、ジェームズとその家族は、苦しみながら前に進んでいく。

「ブリグズビー・ベア」は、家の中から出ることのないジェームズが様々なことを「学ぶ」という教育的な要素も含めて作られた番組だった。本当の家族の元に戻ったジェームズには、もう教育的ビデオとしての「ブリグズビー・ベア」は必要ない。けれど外の世界へ飛び出した後も、他者とともに生きること、冒険をすること、様々なことをブリグズビー・ベアと共に学んでいくのである。


『ブリグズビー・ベア』
6月23日(土)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほか公開
日本版オフィシャルHP:http://www.brigsbybear.jp/
監督:デイヴ・マッカリー
脚本:ケヴィン・コステロ、カイル・ムーニー
出演:カイル・ムーニー、マーク・ハミル、グレッグ・キニア、マット・ウォルシュ、クレア・デインズ 他
2017/アメリカ/カラー/97min/© 2017 Sony Pictures Classics. All Rights Reserved.
提供:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
配給:カルチャヴィル

COMMENTS

  1. アバター くまもん より:

    僕の町にも3か月遅れで、やっとブリグズビー・ベアがやってきました。
    心の底から変な感情が揺さぶられる映画でした。
    「バス男」改め「ナポレオン・ダイナマイト」「僕らのミライへ逆回転」
    「ラースと、その彼女」テイストの作風が好きな人は絶対オススメです。
    熊映画にハズレなしの一本です!(テッド、パディントン、プーさん、レヴェナント etc)

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Killer of Sheep

スラム街に暮らす黒人たちの暮らしを鮮やかに描き、望まれながらも長らく劇場公開されなかった、黒人監督チャールズ・バーネットによる幻の傑作。 1970年代中頃、ロサンゼルスにあるワッツ地区。黒人たちが住むそのスラム街で、スタンは妻と息子、娘の4人で暮らしている。スタンは羊などの屠処理の仕事をし、一家は裕福ではなくても、それほど貧しくはない生活を送っていた。しかし仕事に励むなかで、日に日にスタンの精神は暗く落ち込み、眠れない日を送るなかで妻への愛情を表すこともしなくなっていた。 子供たちが無邪気に遊びまわっている街は、一方で物騒な犯罪が起き、スタンの周りの知人友人にも小さなトラブルは絶えない。 そんななか、家の車が故障したため知人からエンジンを買おうと出掛けるスタン。しかしエンジンを手に入れたスタンは、その直後思わぬ事態に見舞われるのであった……。

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