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映画はただ私の生活の中だけにvol.1『パティ・ケイク$』

はじめまして。上條葉月です、字幕翻訳をしたりしています(グッチーズでは『タイニー・ファニチャー』など)。コラムを書かせてもうらことになりました。よろしくお願いします。

今回は4月27日公開の『パティ・ケイク$』を紹介します。

正直、最近ミュージカルや音楽映画は食傷気味。もちろん好きな音楽が使われていればテンションが上がるし、サクセスストーリーのクライマックスで高揚感のある音楽に乗せられちゃえば感動せざるをえないけれども、音楽が素晴らしいことは映画に教えられなくたって私たちはもう知っているよ、という気分になる。

そんな中で私がこの『パティ・ケイク$』に魅せられたのは、音楽映画としてではなく、この映画が音楽を通して成功を夢見る1人の女の子の生活の泥臭さを描いた映画だったからだ。アル中の母親と車椅子の祖母と暮らす23歳の肥満体型のパティa.k.a.キラーP。うんざりしているニュージャージーから出られないのも、実家に暮らしているのもお金がないから。祖母の医療費を払うためにアル中の母親の代わりにせっせと働き、それでもお金は足りない。「もっと働いてくれ」という母親は自分のバイト先の場末のバーにただ酒を飲みにきて泥酔し、その介護をするはめにもなる(このシーンは相当痛すぎるし、だからこそ彼女がヒップホップに入れ込む理由がわかる)。そんなパティにとってヒップホップはもちろん愛する音楽であるのだけれども、それ以上に、名声を手に入れ、この生活から抜け出すためのツールなのだ。

© 2017 Twentieth Century Fox

そもそも音楽も恋愛も仕事も、もちろん映画を観ることだってすべて生活の1つの要素でしかない。それはパティの音楽だってそうだ。この映画で、パティが音楽を作ってどうなりたいかを語ることはあっても、どんな音楽を作りたいのか語るシーンはほとんどない。彼女を音楽に突き動かしているのは、生活の苦々しさであり将来への希望であって、芸術家を気取って音楽を語り、向き合う余裕なんかない。そうやって、現実の生活をどうにか上手く生き抜こうとするパティの姿勢に、私はすごく好感をもった。

けれども、彼女の生活の野心からそうして作られた音楽ははたして「音楽」として優れているのか?本作の重要なシーンである、とある人物との会話の中でそのことが言及されている。「この作品は作者本人の感情そのものである、だからこれは本物の価値があるんだ。あんたのラップはニセモノだ」。映画序盤、パティは地元のちょっとイケてるラッパーたちとのサイファーに参加する。意地の悪い男の子からラップで中傷されたパティは、親友に奮い立たせられて「私はいい女」「あんた私とヤリたがったくせに」と虚実入り交じったフリースタイルを披露し、勝利する。けれども、その代償としてケガをし、苦々しい気持ちをかかえる。なぜなら、それはパティ自身を反映する本物の言葉ではないから。意地悪を言われたからもっとひどいことを言ってやろう。ナメられたくないから、かっこつけてやろう。パティは何度も、鏡の中の自分をチェックしては、「私はいい女」と自分自身に言い聞かせる。あるがままの自分自身ではなく、「イケてるラッパー、キラーP」であろうとする。そういう虚勢を張って気取って作ったキラーPことパティのライムは彼女の本当の生活からかけ離れたニセモノでしかない。作る音楽と自分自身との齟齬は、映画後半で大きな壁となってパティの前に立ちはだかる。

© 2017 Twentieth Century Fox

理想だけでは音楽は作れない。生活をしていくことと、作りたい作品を作ることを両立させていくことはとても難しい。かつて同じように音楽を志して挫折した母親の痛々しい姿をとおして、そういった現実を直視させられる。でも、パティは同じ失敗をしないだろう。パティが様々な苦悩を乗り越え、自分自身のライムを歌う瞬間に鳥肌が立つのは、冒頭に述べた音楽映画にありがちな「クライマックスの高揚感」かもしれない。けれども、見終わった後に思いをよせるのはきっと、クライマックスシーンではなく、パティのその後。一発逆転的発想の成功を夢見るのをやめたとしても、大きな舞台に立てなくても、彼女は苦しい生活に向き合いながら音楽を作り続けるだろう。パティの姿をとおして感じた生きていくことの苦しさと、それに立ち向かう力強さは、日々のあれこれで疲弊した時にちょっと私を救ってくれる気がした。


『パティ・ケイク$』
4月27日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー

【キャスト・スタッフほか】
監督・脚本・オリジナル音楽:ジェレミー・ジャスパー
出演:ダニエル・マクドナルド、ブリジット・エヴァレット、シッダルタ・ダナンジェイ、ママドゥ・アティエ、サー・ンガウジャ、MCライト、キャシー・モリアーティ

提供:フォックス・サーチライト・ピクチャーズ
配給・宣伝:カルチャヴィル×GEM Partners
原題:PATTI CAKE$

2017年/アメリカ/109分/カラー/シネスコ/5.1chデジタル/PG12/字幕翻訳:田村紀子
【オフィシャルHP】 www.patticakes.jp


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Killer of Sheep

スラム街に暮らす黒人たちの暮らしを鮮やかに描き、望まれながらも長らく劇場公開されなかった、黒人監督チャールズ・バーネットによる幻の傑作。 1970年代中頃、ロサンゼルスにあるワッツ地区。黒人たちが住むそのスラム街で、スタンは妻と息子、娘の4人で暮らしている。スタンは羊などの屠処理の仕事をし、一家は裕福ではなくても、それほど貧しくはない生活を送っていた。しかし仕事に励むなかで、日に日にスタンの精神は暗く落ち込み、眠れない日を送るなかで妻への愛情を表すこともしなくなっていた。 子供たちが無邪気に遊びまわっている街は、一方で物騒な犯罪が起き、スタンの周りの知人友人にも小さなトラブルは絶えない。 そんななか、家の車が故障したため知人からエンジンを買おうと出掛けるスタン。しかしエンジンを手に入れたスタンは、その直後思わぬ事態に見舞われるのであった……。

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