『シアター・ワゴン〜As you like tasting…〜』Vol.3『シンプルメン』
ハル・ハートリーはいつだっていい匂いがする。私にとってはお香のかおり。
無意識の中に漂いこんでくるその匂いはとっぴな、でも癒され、好いてしまう。
それを嗅いでいる時間のあいだ、その世界に通用するルールの中で踊る楽しみがある。
(イラストレーション:サヌキナオヤ)
“眠れない” “なぜ”
“痛みが” “何?”
“恋にやぶれたんだ。ヴェラだ” “それ誰だ”
“話したくない” “わかった”
過去に振られた女の写真を弟デニスに見せる兄ビル。
2人はテロ事件の犯人で刑務所に拘留中、逃亡した元野球選手の父親を探すべく、旅に出る。
“20ドルならあるよ” “20ドルでどこまでいける”
“ロングアイランドならいけるかも” “知るか”
“クイーンズはNY市の一部だろ?” ”場所で言ったらロングアイランドだ”
“クイーンズは区だ” “ロングアイランドのだ”
“NY市の区だ。堆積地層だ…“ “行くなら行こう”
そして20ドルばかりを持ってあてもなく飛び立つ。
まずは、こうゆう会話にクスクスとさせられる。キリッとした顔立ちにガタイの良い男らしい2人が意外と幼稚で女々しい。むしろそこが好き。野心や強さはないけれど、優しさと誠実さがある。私はそれさえあればいいんだって思ってる、特に映画の中では。
ママに勧められて見た『トップガン』のトム・クルーズを見ても、キャー!とはならかった。『ボディーガード』もその年。主人公のケビン・コスナーも男らしい風格だ。当時は精悍でスポーツマンタイプがモテていたようだ。母とはまるっきり好みが合わない、ジェネレーションギャップを感じる。『シンプルメン』が公開されたのは1992年。ギャップは不思議と感じない。むしろヴィンテージのような雰囲気を醸し出している。
ビルもデニスも、ハル・ハートリーが描いた主人公の男性像は、何者でもなかった。悪に立ち向かうヒーローでもなく、同級生にモテモテの男の子でもなければ、宇宙を目指す兄弟のような特別な存在じゃない。日常にドラマチックなものを求めている私たちと変わらない。ただ、生きるのでいっぱいいっぱいなんだ。隅っこの気持ちをよくわかってる。同時にそれを感じ取る私たちのことも肯定してくれている。
そして、2人の間には犯罪者の主人から逃れるケイトとその友人のエリナが現れる。ビルはケイトに夢中になり、再び人生の目的を得る。
“いつまでここに?“ “一生ここで暮らす”
“まさか” “君と”
“自信たっぷりね 知らない人だわ” ”だんだんわかるさ”
いつのまにかビルは生き生きとしていた。それが長く続かないことくらい私たちにも冒頭で裏切られたビルにもわかっている。ただ、誰かのために心を燃やすことが彼の揺るぎないポリシーなのだ。
“なぜ知る必要が” “父親が殺人犯かどうか”
父と対面しずっと聞きたかったであろう、なぜ罪を犯したのかデニスは尋ねる。
このとき、父が答える様子を見たデニスは自分とは違う人間であることを理解し、少し微笑む。目的に縛られていた生真面目な息子が父の奔放さによって解かれる時、はじめて余裕が出る。
彼らが新たな目的に向かって走り出そうとするとき、ハル・ハートリーは愛情とアイロニーを持って手助けをする。少し休んだらいい、そう言っているようだ。その形がこの世界で生きていくために必要なのだ。彼らが住んでいるミニチュアな世界の幸せや残酷や愛は正直で、唐突だ。
『シンプルメン』
“simple”にはたくさんの意味があるみたい。
簡単な、やさしい 、単純な、地味な、質素な、お人好しの、無邪気な、誠実な、
あ、これだ。
“誠実な” それともう1つ、”愚かな” これも。
愛すべき2人の男たちにはこの意味を込めて呼びたい。彼らの行動にはいつも愛嬌がある。
『シンプルメン』)
洋画専門チャンネル ザ・シネマにて2018年05月21日(月) 深夜 04:00 – 06:00放送!
監督:ハル・ハートリー
出演:ロバート・バーク、ウィリアム・セイジ、エリナ・ローヴェンソン、マーティン・ドノヴァン
ハル・ハートリー充実の特別サイトはこちらから!
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