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『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』レビュー(プレミア映写を宅でする部)19日目

ショーン・ベイカー監督の待望の新作『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(配給:クロックワークス)が、5月12日(土)新宿バルト9ほか全国ロードショーされます。

(C)2017 Florida Project 2016, LLC.

まずはじめに、フロリダの歴史を簡単に。1513年、スペインの探検家、フアン・ポンセ・デ・レオンが現在のセント・オーガスティンに上陸。この地一帯を「花咲ける地」という意味の「フロリダ」と名付け、スペイン領としたのが「フロリダ」の始まりです。スペインの学者や聖職者たちはこの新大陸のどこかに「地上の楽園」があると固く信じており、ポンセ・デ・レオンは白地図を塗りつぶすようにフロリダ半島を南下していきました(フロリダに「若返りの泉」があるという伝説を信じていたようです)。しかし、彼らは「地上の楽園」や「若返りの泉」を見つけ出すことはついに叶いませんでした(※1)。

時代はくだり、1965年。ディズニーのフロリダ進出計画の発表の際に地元の報道関係者に配られた招待状には、当プロジェクトは「フロリダ州にとり、ポンセ・デ・レオンによる発見以来、最大の歴史的イベント」であると書かれていたそうです(※2)。

ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート開発の初期プロジェクト名でもあり、フロリダの《低所得者向けの公共住宅》、《貧困地域への支援活動》という意味合いも込められたタイトル(※3)を持つ『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』は、ディズニー・ワールド・リゾートのすぐ外にある安モーテルを住処とし、その日暮しの生活を営む家族の物語です。

(C)2017 Florida Project 2016, LLC.

それでは、ポンセ・デ・レオンらスペイン人によって発見され、ウォルト・ディズニーによって「花咲ける地」、「地上の楽園」として作り変えられたこの地を、現代、『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』のショーン・ベイカー監督は、どのように捉えたのでしょうか。

ショーン・ベイカー監督は、この地にポンセ・デ・レオンらのように、「若返りの泉」伝説のような期待を担わせようとはせず、またディズニーのように「地上の楽園」を加工するようなことはしていません。むしろ「楽園」からこぼれ落ちた、あるいはその代償として残された人々、土地の見つめ直し、この地に、伝説でもなく虚飾でもない「実なる花」を咲かせようとしているようです。

(C)2017 Florida Project 2016, LLC.

ムーニー(ブルックリン・キンバリー・プリンス)をはじめ、本作を見れば誰もが魅了されるに違いない、実に魅力的な子供たちが、ショーン・ベイカーが咲かせた「実なる花」であることに疑いの余地はないでしょう。そして、ムーニーら子供たちがこの映画で見事なまでに咲き誇ることが出来たのは、「伝説」あるいは「楽園」に囚われず、この地のあるがままの魅力を、カメラで写し取ることでしか表現できない仕方で捉え切った、監督らの手腕によることも間違いないと思います。

花を咲かせるには、地面と空がなによりも重要だ、といわんばかりに、子供たちの背丈に合わせて位置付けられるカメラは、目を見張るほどの大きさで、フロリダの地平と空を映し出します。この『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』の大地と大空は、どこかスティーヴン・ショアが撮ったアメリカ郊外の風景写真を想起させます(※4)。

(Stephen Shore著・写真『Stephen Shore: Uncommon Places: The Complete Works』)

フレームに収めることでパースがかる道路や建物などの地面に属する空間と、パースを無効にし、全面にせり出してくるかのようなボリュームを持つ空と雲の領域の奇妙な融合。そしてその空の青と雲の白の鮮烈さは、映画を見る者に目眩を起こさせるほどです。

区画され、かつ置き去りにされた地面の上で、そしてそれらとは無関係に広がる雄大な空の下で自由に動き回る子供たちは、実に生き生きと躍動しています。それは、フロリダ・ディズニー・ワールド・リゾートのすぐ外という特殊な場所を、カメラで捉えることによって表現し得たものであるでしょう。

(C)2017 Florida Project 2016, LLC.

どんなに邪魔者扱いされ、追い出されそうになろうとも「この空は僕のもの」と宣言するかのように、寂れ忘れ去られた場所でも遊び場に変え、あたりを飛ぶ遊覧飛行のヘリコプター(観光地計画の面影の一つ)にむかって中指を立てるムーニーらこそ、寂れたこの土地に力強くかつチャーミングに咲く花であり、そして忘れ去られ、取り残されたすべての土地、人々を生き返らせる「若返りの泉」という希望そのものであるかのようです。

劇中、これ以上ない絶妙なタイミングで、文字どおりフロリダの大空に花がきらめく瞬間があります。そのほとんど嘘のような、映画にしか叶えられない一つの魔法もぜひお楽しみに。

5月12日(土)新宿バルト9ほか全国ロードショー


※1詳しくは、能登路 雅子『ディズニーランドという聖地』(岩波新書)を参照ください。

※2同上

※3『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』日本版プレスリリースより。


フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法

監督・脚本・編集:ショーン・ベイカー
出演:ブルックリン・キンバリー・プリンス、ウィレム・デフォー、ブリア・ヴィネイト
2017年/アメリカ/カラー/DCP5.1ch/シネマスコープ/112分
提供:クロックワークス、アスミック・エース
配給:クロックワークス
(C)2017 Florida Project 2016, LLC.
公式サイト:floridaproject.net
Twitter:@FP_movie0512 Instagram:@FP.movie Facebook:@FP.movie

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Killer of Sheep

スラム街に暮らす黒人たちの暮らしを鮮やかに描き、望まれながらも長らく劇場公開されなかった、黒人監督チャールズ・バーネットによる幻の傑作。 1970年代中頃、ロサンゼルスにあるワッツ地区。黒人たちが住むそのスラム街で、スタンは妻と息子、娘の4人で暮らしている。スタンは羊などの屠処理の仕事をし、一家は裕福ではなくても、それほど貧しくはない生活を送っていた。しかし仕事に励むなかで、日に日にスタンの精神は暗く落ち込み、眠れない日を送るなかで妻への愛情を表すこともしなくなっていた。 子供たちが無邪気に遊びまわっている街は、一方で物騒な犯罪が起き、スタンの周りの知人友人にも小さなトラブルは絶えない。 そんななか、家の車が故障したため知人からエンジンを買おうと出掛けるスタン。しかしエンジンを手に入れたスタンは、その直後思わぬ事態に見舞われるのであった……。

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