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『ビール・ストリートの恋人たち』レビュー!

『ムーンライト』のバリー・ジェンキンス監督の新作『ビール・ストリートの恋人たち』2月22日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ他で全国公開になります!今回試写にお呼びいただきましたので、一足早くレビューをお届けします。


映画の冒頭、真俯瞰に据えられたカメラが眼下を歩く二人の若い男女をスムースに追いかける。男と女はブルーとイエローの配色が見事に対称的な衣装をそれぞれ身に纏い、ゆっくりと歩みを進めていく。物語の導入としては唐突なほど端正なこのオープニングシークエンスを見て、ふと予感した。『ビール・ストリートの恋人たち』は、また新たな「アメリカの神話」を語ろうとしていると。

『ビール・ストリートの恋人たち』は、アメリカを代表する黒人作家ジェイムズ・ボールドウィンが1974年に発表した長編小説『If Beale Street Could Talk』を原作として、『ムーンライト』のバリー・ジェンキンズが監督・脚本を務めた作品である。1970年代前半のニューヨーク・ハーレムを舞台に、冤罪で投獄された青年ファニー(ステファン・ジェームス)と、彼と愛し合う少女ティッシュ(キキ・レイン)の困難な道のり、そして彼らをサポートする家族や友人たちの姿が描かれる。

 

(c)2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.

 

“バンク・ストリート”で移民の女性をレイプしたという謂れなき罪状で逮捕されてしまうファニー。彼を救い出すため、ティッシュとその家族が奔走するのだが、冤罪を巡る状況はなかなか好転しない。一方でティッシュはファニーとの子を妊娠しており、新しい命が生まれる過程も並行して語られていく。プロットは直線的だが、そこに多くの回想シーンが織り込まれていく。ティッシュとファニーとの出会いや恋に落ちていく様子、一瞬の蜜月などだ。幸せな過去を交錯して描くことは、悲劇的な現在をより際立たせると同時に、ある種の癒しを映画にもたらしているようにも思える。それはまた、ティッシュの一人称で語られる映画の話法によるところも大きいかもしれない。

 

(c)2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.

 

原作小説と同様に、映画『ビール・ストリートの恋人たち』もティッシュの一人称的な視線で語られる。映画話法における「一人称」を一概に定義することは難しいが、本作では率直にカメラがティッシュの目となり口となって、映すものを主観的に描写し始める。例えば「彼はあたしが人生で出会った最高に美しい人だった」という原作の一節をティッシュがモノローグすると、ファニーの顔や身体がクロースアップされるといった具合だ。被写界深度の浅い映像で切り取られたファニーの表情は端的に美しい。映画がティッシュの主観を導入することで、彼女自身が持つ希望や楽天性を通過した世界は鮮やかな色彩を帯びはじめるのだ。

このようなモノローグカットがある一方で、冒頭のような「神の目線」を感じるシーンもある。彫刻家であるファニーが煙草の煙を燻らせながら独り木材と向き合うシーンは、暗闇に紫煙とファニーがまさに彫刻のように浮かび上がり、非現実的な官能性を湛えている。おそらくは獄中のファニーが夢想した幻であろうこのシーンも、小説を換骨奪胎して独創的な映像表現に昇華した本作の魅力になっている。これらの意欲的な撮影を試みたのは『アメリカン・スリープオーバー』『ムーンライト』のジェームズ・ラクストン。フィルモグラフィーを通して、人間を生々しさよりもある種の神聖さでもって写してきた彼ならではの仕事と言えるだろう。

 

(c)2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.

 

『ムーンライト』でも音楽を担当したニコラス・ブリテルによるサウンドトラックはとても美しいが、劇中で聞こえてくる70年代のソウル・ミュージックの数々も同じくらい素晴らしい。とりわけラストに流れてくるビリー・プレストンの「My Country ‘Tis of Thee」は印象的だ。古い愛国歌で、2009年にオバマ大統領の就任式典でアレサ・フランクリンが歌ったことでも有名なこの曲は、アメリカの理想を讃える歌だ。「我が祖国 汝の国/愛しき自由の土地/私はあなたのことを歌う/全ての山々から/自由よ響けと!」。もちろん、この映画で描かれていることは理想とは程遠く、あまりに不自由で救いのない現実だ。それでもビリー・プレストンによる歓喜に満ちたトーンの歌声が響くとき、この映画もまた理想への祈りのような崇高さを身に纏う。怒りでも告発でもない、静謐で力強い祈りである。

この曲が流れるラストシーンは、原作小説にはない、映画独自の結末になっている。監督・脚本のバリー・ジェンキンスが敢えて追加したこのエピローグはしかし、ボールドウィンの小説に反するものではなく、むしろ共鳴するものとして、ティッシュとファニーの未来にサステインしていく。そしてその祈りは今日のアメリカの黒人たちまで繋がっていき、やがては全ての抑圧された人々にまで届くだろう。もちろん日本でこの映画を観る私たちにも。

 

(c)2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.


2019年2月22日(金)TOHOシネマズ シャンテ他全国公開

■スタッフ・キャスト

監督:バリー・ジェンキンス

原作:「ビール・ストリートの恋人たち」ジェイムズ・ボールドウィン著(川副智子訳、早川書房刊)

出演:キキ・レイン、ステファン・ジェームス、レジーナ・キング、コールマン・ドミンゴ

2018年/アメリカ/英語/119分/アメリカンビスタ/カラー/原題:If Beale Street Could Talk/日本語字幕:古田由紀子

提供:バップ、ロングライド 配給:ロングライド

■公式HP

longride.jp/bealestreet/

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Killer of Sheep

スラム街に暮らす黒人たちの暮らしを鮮やかに描き、望まれながらも長らく劇場公開されなかった、黒人監督チャールズ・バーネットによる幻の傑作。 1970年代中頃、ロサンゼルスにあるワッツ地区。黒人たちが住むそのスラム街で、スタンは妻と息子、娘の4人で暮らしている。スタンは羊などの屠処理の仕事をし、一家は裕福ではなくても、それほど貧しくはない生活を送っていた。しかし仕事に励むなかで、日に日にスタンの精神は暗く落ち込み、眠れない日を送るなかで妻への愛情を表すこともしなくなっていた。 子供たちが無邪気に遊びまわっている街は、一方で物騒な犯罪が起き、スタンの周りの知人友人にも小さなトラブルは絶えない。 そんななか、家の車が故障したため知人からエンジンを買おうと出掛けるスタン。しかしエンジンを手に入れたスタンは、その直後思わぬ事態に見舞われるのであった……。

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