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『メルビンとハワード』&『愛されちゃって、マフィア』トークショー採録

8月から9月にかけて開催される【ジョン・カサヴェテス×ジョナサン・デミ】を記念して、2022年の行われた、年末映画祭り「70-80年代“ほぼ”アメリカ映画傑作選」@下高井戸シネマにて行われた『メルビンとハワード』&『愛されちゃって、マフィア』のトークショーを掲載致します。

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トークゲスト

大森さわこ(映画評論家・ジャーナリスト)
80年代より映画の評論・取材・翻訳をこなす。著書に『ロスト・シネマ』(河出書房新社)他。23年にノンフィクション『ミニシアター再訪(リビジテッド)』(アルテス・パブリッシング)を刊行予定。翻訳書は『ウディ・オン・アレン』(キネマ旬報社)他。近年、英国では独立系研究者として活動していて、ケン・ラッセル監督の大学の学会で英文論文を発表。23年刊行のエディンバラ大学出版局のラッセルの研究書にも長文を寄稿。

渡部幻(映画批評・編集者)
東京都生まれ。映画批評。『キネマ旬報』にて星取レビュー。『60、70、80、90、ゼロ年代、アメリカ映画100シリーズ』の企画・編集・作品解説。寄稿:パンフ『少年と犬』『ラストムービー』、ムック『南海 別冊 未来惑星ザルドスとジョン・ブアマンの世界』『ルキノ・ヴィスコンティの肖像』『文藝別冊 ウディ・アレン』『マーティン・スコセッシ 映画という洗礼』、Blu-ray解説『真夜中のパーティー』『ポゼッション』他。

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ジョナサン・デミとの出会い

渡部:今日はどうぞよろしくお願い致します。大森さんとのお付き合いは、僕が編集した『アメリカ映画100』というシリーズ本にコラムを書いていただいた以来ですね。

大森:渡部さんはアメリカ映画に非常にお詳しくて。この本は芸術新聞社というところから出ていて、ゼロ年代から遡って60年代までの5冊作ったシリーズですね。結構重版になったシリーズだったんですが、これで一緒にお仕事しました。今日持ってきたのが『80年代アメリカ映画100』です。ちょうどこの中に、『メルビンとハワード』のジョナサン・デミ監督が撮った『ストップ・メイキング・センス』があって、私が担当しています。あと、80年代のアメリカのニューヨークのインディペンデントの映画がすごく当時好きでした。ジム・ジャームッシュとかスパイク・リーといった監督ですね。そういう監督のことも含めてニューヨーク・インディーズの当時のことを書いた「ニューヨーク・インディーズとストリートの夏」という文章もこの本には収録されています。そういうきっかけもありまして渡部さんとは以前から仕事仲間という感じです。今日はどうぞよろしくお願いいたします。

渡部:このときのコラムをご相談したのは、80年代のインディーズ映画といえば、大森さんのイメージがあったからです。同時代的に読者でしたので。

大森:ありがとうございます。そうですね、私も80年代からプロになって、特にニューヨークのインディーズシーン、当時やっぱりジャームッシュとかスパイク・リー、あとジョン・セイルズとかそういう監督さんはとても新鮮でした。日本でも若い映画ファンに結構注目されていたと思うんですが、ジョナサン・デミっていう人は、そこからちょっと外れたところにいた人だったと思います。たまたま彼の映画を何本か見ていたので、非常に面白いなと思って、一応ですねジョナサン・デミ私設ファンクラブ会長という肩書きも持っています(笑)。まあ私設なので、会員は実は2人しかいないんですけれど(笑)。

(持ってきたTシャツを会場に見せて)これが、副会長のkeetzさんこと、田中啓一さんが作ってくれたデミヘッズっていうTシャツなんです。なんでデミヘッズかというと『ストップ・メイキング・センス』のトーキング・ヘッズに引っ掛けて、デミヘッズ。こんなTシャツを作っています。活動といってもね、デミの映画が上映されると副会長と見に行ったりそういったレベルですが、そういう会も一応はやっています(笑)。

渡部: Tシャツの裏に文字が書いてありますね?

大森:ああ、これは「Master of Humanity」っていう言葉が引用してあるんですが、デミは歌手のジャスティン・ティンバーレイクのライブ映画も晩年撮っていまして、それでデミが17年に亡くなったときに、「彼はMaster of Humanity」だっていうふうにティンバーレイクが話していたそうなんです。で、まあ人間性を描くことがとても上手い。そして本人自身も人間性がすごく豊かな監督さんだったということでしょう。そういう意味で「Master of Humanity」はデミのちょっとシンボルみたいな言葉としてティンバーレイクが使っていたので、それをTシャツの裏側に印刷してあります。この情報は副会長からのもので、彼のアイデアでこの言葉が入っています。

渡部:なるほど。こういうデミのことを、大森さんの記事に教えられた気がしているんです。

大森:ジョナサン・デミはどこか日本では埋もれた監督さんだったので、応援したいね、ということで作ったクラブでした。それで、ちょっと今日、本題に入る前にみなさんにお伺いしたいことがあります。今日『メルビンとハワード』の上映、私も実は夕方の回に見て、この『愛されちゃって、マフィア』も途中まで見たんですが、『メルビンとハワード』から2本続けてご覧になった方いらっしゃいますか? あ、結構いらっしゃいますね、すごい。『メルビンとハワード』いかがでしたか? もし面白いと思った方がいらっしゃったら、拍手お願いします。

(会場拍手)

大森:わあ、嬉しい。では、『愛されちゃって、マフィア』は、いかがでしょうか?

(会場拍手)

大森:嬉しいですね、本当に。きっとジョナサン・デミも天国でいま笑ってるんじゃないかなあ。こういう上映会が実現したことは快挙です。

渡部:特に『メルビンとハワード』は、日本では長い間、幻の傑作扱いでしたから、嬉しくなりますね。大森さんは、当時アメリカでご覧なっているんですよね?

大森:『メルビンとハワード』のアメリカ公開は1980年だったんですが、81年にロサンゼルスへ行ったときにアメリカで初めて見ました。当時評論家の間ではすごく話題になっていた映画だったんですが、興行的にはあんまり良くなかったそうです。ウエストウッドっていうUCLAの近くにある名画座みたいなところで見たんですが、すごく面白いなと思って。それでデミ監督の名前を意識した。でもその前に1本だけ見てまして、『怒りの山河』という、ピーター・フォンダが主演のB級アクションです。この映画が初めてのデミでした。ピーター・フォンダは、すごく好きな70年代の男優だったので、彼を目当てで行ったんですが、映画も意外と面白かった。この『メルビンとハワード』もそうだったんですが、ブルース・ラングホーンっていう人が音楽を担当しています。ピーター・フォンダの『さすらいのカウボーイ』で素晴らしい音楽を書いていた人とデミも仕事をしていたので、そういうところも含めて、『メルビンとハワード』も興味がありました。この作品を見てデミが好きになりました。渡部さんが初めてご覧になった作品は?

渡部:たぶん映画ではなくて、イギリスのバンド「ニュー・オーダー」のミュージックビデオ『The Perfect Kiss』だと思います。

大森:ジョナサン・デミってドラマもたくさん撮っていますが、音楽はプロモーション・ビデオも撮っていますし、それからドキュメンタリー映画、特に有名なのが『ストップ・メイキング・センス』やニール・ヤングとの『ハート・オブ・ゴールド』とか何本かありまして、非常に音楽に詳しい監督さんですよね。音楽方面からファンになった人もいらっしゃるんじゃないかなと思うんですけど。

渡部:たしかピーター・バラカンさんの、語り草的な音楽テレビ番組『ザ・ポッパーズMTV』で見たんですよね。

大森:あ、『ザ・ポッパーズMTV』という番組が80年代ありましたね。ピーター・バラカンさんの。プロモーションビデオの、ちょっと通な感じのね。

渡部:そう。珍しく監督名も紹介されていたと思いますし、“メジャー”にこだわらない最高の音楽番組でした。『The Perfect Kiss』は、極めて特異な作品で、のちのデミ映画に顕著な視覚スタイルとなるメンバーのクローズアップでほぼ進行します。それともう一つは同じ85年の『サン・シティ』の猛烈にパワフルなミュージックビデオです。

大森:アパルトヘイトに反対する運動として「サン・シティ」というのが当時ありまして。うん。そういうのもデミは撮っていますね。

渡部:個性的な映像で知られたゴドレイ&クレイム、ハート・ペリーととともに監督の一人としてデミも参加していたんですよね。それと当時無意識に見ていたのが『刑事コロンボ』の『美食の報酬』というエピソード。未公開の映画『Citizens Band』と同じ1978年の作品で、イタリア料理のシェフが著名な料理評論家の犠牲になるストーリーでした。ちなみに『Citizens Band』とは短距離の音声通信用無線システムのことで、同時期の『コンボイ』や日本の『トラック野郎』にも登場していましたが、主演は『メルビンとハワード』と同じポール・ル・マット、撮影は『ストップ・メイキング・センス』のジョーダン・クローネンウェスでした。

『メルビンとハワード』について

大森:元々は70年代にデビューした監督さんでロジャー・コーマンというB級映画の帝王って言われているプロデューサーがいるんですが、その人と一緒に組んだのが、映画監督になるきっかけだったんです。最初は『女刑務所/白昼の暴動』っていう女囚ものの映画を撮っていましたね。日本では本当にB級扱いで、全然話題にもならなくて消えてしまった映画なんですけれど、そういうとこからスタートした人。ロジャー・コーマンさんとはすごく仲が良くて、『羊たちの沈黙』では彼を俳優として使ったり、彼と対談した時は、「これはコーマン映画の変形版です」と恩師に語ったり……。そういう交流がすごく続いている人なんですよね。そういうB級映画からスタートしたんですが、だんだん自分の個性みたいなものを確立するようになっていきましたね。『メルビンとハワード』については、渡部さんはどう思われましたか?

渡部:『メルビンとハワード』はデミ映画の中でも一番好きと言っていいくらいです。これからご覧になる方もいるのかもしれないので、うまく話せないのですけど、デミ初期の傑作はほとんどがコメディなんです。

大森:まだご覧になっていらっしゃらない方のために説明すると、『メルビンとハワード』って何を意味しているかっていうと、メルビンっていう人が主役ですが、ハワードというのが、実はアメリカの大富豪のハワード・ヒューズなんですね。その2人の関係を描いている。それは非常に大事なモチーフで、最初の2人の出会いっていうのがね、とても面白く描かれてますね。このハワード・ヒューズ役のジェイソン・ロバーズさんという俳優さんは、出番は本当に短いんですが、アカデミー賞の助演男優賞の候補にもなっているんですね。それほど印象的な演技だったわけです。

渡部:スコセッシの『アビエーター』ではディカプリオが若い頃のヒューズを演じてました。『メルビンとハワード』が風変わりなのは、これがハワード・ヒューズではなく、メルビン・デューマーの「記憶に基く実話」の映画化である点です。ご覧なった方はわかると思いますが、かの大富豪のヒューズが、ごく平凡な男のメルビンに遺した遺産相続の遺言書をめぐって、二人の関係が事実かどうかの騒動に発展していく。

大森:メルビンという人は、普通の牛乳運びのお兄さんなんですけれど、ハワード・ヒューズが亡くなったあとに、財産の一部を相続する権利が出たからっていう通知が来るんですが、これはもう本当の話に基づいていてるんですね。

渡部:少なくとも、後半の展開は、客観的な事実にかなり忠実らしいですよ。

大森:でも結局、もらえないんですね。

渡部:そうです。ハワード・ヒューズとの関係を信じてもらえず遺産を受け取れませんでした。ただ、デミはどこまでもメルビンの味方ですよね。この映画は、最初の20分弱がさりげなく大胆です。ほぼ車中の男二人の表情と会話のみで進行し、その後の本筋とは、明白に異なるスタイルで撮影しています。そしてここに変化球的な面白味があるのですが、「実話」という観点から見た場合、冒頭の車中のエピソードは、メルビンが語る、彼の頭の中だけに存在しているハワードとの思い出の映像化なんです。脚本家のボー・ゴールドマンは『カッコーの巣の上で』『セント・オブ・ウーマン』で有名な人ですが、彼は本物のメルビンに3週間ほど取材し、冒頭に描かれた二人の道中を再現してもらったといいます(※編集部追記:ボー・ゴールドマンは今年、2023年7月25日に死去、享年90歳。)。とはいえ、現実の裁判では、思い出話は関係の証明になりませんから、メルビンはその後の人生を狂わせてしまったようです。しかしこれは映画です。事実の証明ではなく、メルビンの心に刻まれた真実を描くことができるわけですね。デミとゴールドマン、キャストは、彼の人柄に触れて信じたと出演者のメアリー・スティーンバージェンは語っていて、だからこそ、観客も一緒に、善良なメルビンの調子っぱずれな人生を応援してしまうんです。

大森:なるほど。『メルビンとハワード』は日本ではずっとお蔵だったんですよね。以前アテネフ・ランセで中原昌也さんが紹介者ということで、1回だけ上映会があったんですが、こういう普通の映画館で上映したのは、今日が本当に初めてなんですよね。そういう意味では、本当に皆さん40年経ってから、記念すべきファーストショーをご覧になった、貴重な体験を今日はされたんじゃないかなと思います。こういう映画ってなかなかね、当時は入ってこなかったんですよね。

渡部:天下の奇人として知られたハワード・ヒューズですし、本国では話題の騒動だったのかもしれませんが、日本では知られていないですもんね。70年代後半から80年代初頭にアメリカのローカルを題材にした作品には日本未公開が目立ちますね。もっとも、それ以前からカサヴェテスやテレンス・マリックはほぼ未公開だったわけですし、のちにミニシアターで初公開されたり、ビデオ化された作品もありますが、『メルビンとハワード』はそれすらもなかったという…。

大森:そうですね、日本では背景がわかりにくいのと、あと、これはユニバーサルですけど、なまじメジャー系がこういうアメリカ映画を撮ると、やっぱりメジャーな会社っていうのはどうしても派手な映画だけを出したがるんで、埋もれちゃった傾向にあるんですね。それは『愛されちゃって、マフィア』も同じで、最初は日本で80年代後半に上映される予定があったんですけれど、残念ながら結局はビデオだけになってしまった。でも1回だけ試写会があったので、私は幸運にもそれで見ることができたんですが。

渡部:88年くらいでしたかね。

大森:そうですね。なぜか1回だけ業務試写がありまして見たんですけれど、結局は上映されなくて。去年、京都みなみ会館さんで同じような特集があって、『愛されちゃって、マフィア』の映画館での上映はそのときが最初ですよね。

渡部:特集上映のパンフレットに寄稿されていましたね。

大森:そうです。でも東京で劇場公開するのは本当にこれが劇場初めてなので。今日は、本当に初めてづくし。

ジョナサン・デミの俳優

大森:それで、やっぱり俳優の良さを引き出すっていうのが、ジョナサン・デミ監督のすごい個性だと思うんですね。

(持参した雑誌を何冊か見せながら)

これは1980年代にマシュー・モディーンが表紙を飾ったアメリカの雑誌です。この人は当時は『フルメタル・ジャケット』という映画が非常に有名で、あと『バーディ』っていう今もね、一部で非常に愛されている作品で、名作ですが、今ちょっと名前を忘れられてしまった人かもしれないですね。『愛されちゃって、マフィア』みたいなコメディは、ちょっと珍しいんですけど、非常にチャーミングに役を演じていたんじゃないかなと思うんですね。そしてミシェル・ファイファーは、『愛されちゃって、マフィア』の後に大ブレークした女優さん。この雑誌がちょうど『愛されちゃって、マフィア』を特集していたものなんですけれど、この後もすごい勢いでアカデミー賞の常連女優になった人です。ちょうどブレーク寸前で出たのが『愛されちゃって、マフィア』だったんですね。本当は『羊たちの沈黙』も最初はミシェル・ファイファーが出演予定で、デミはオファーしたらしいんです。でもちょっと内容がバイオレンスすぎて、私はこの役はできないっていうので断られちゃったらしいんですね。それで結局、他の人のススメでジョディ・フォスターを起用した。でも結果的には、ジョディ・フォスターで正解だったとデミも認めてるようです。それほどまでにこの『愛されちゃって、マフィア』で彼女にすごく惚れ込んだようですが、確かに彼女は輝いています。実際、こういう俳優さんの良さを引き出せるのがデミの特徴です。

渡部:賞を獲る人も多いですよね。

大森:そうですね。『羊たちの沈黙』ですと、アンソニー・ホプキンスとジョディ・フォスターがオスカー受賞、あと『フィラデルフィア』のトム・ハンクスもオスカー男優となりました。俳優さんはデミの映画に出ると、演技賞取ることも結構多いし、ブレークするちょっと前に使って、それでその後有名になるっていうケースも結構あるんですよね。

渡部:優れた演出家の証。『メルビンとハワード』のメアリー・スティーンバージェンもオスカーを獲っていました。

大森:ああ、そうですね。そんなにもう日本では知られていない女優かもしれませんが、『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』は結構有名ですかね。『メルビンとハワード』ではアカデミー助演女優賞を獲っていますね。俳優の演技だけではなく、デミは音楽にもこだわります。『愛されちゃって、マフィア』のサントラレコードがうちにあったんで、これ(※持参のレコードを見せて)がサントラのLPジャケットですね。これと姉妹編かなって思えるような『サムシング・ワイルド』っていうちょっと前に撮ってるコメディがあって、これもすごく音楽が面白い。コメディなんですが、ちょっとひねっていて、音楽もいっぱい使っているところが共通しています。おそらく『愛されちゃって、マフィア』を見た方でしたら、こちらも楽しんでいただけるかなっていう作品ですね。

渡部:『サムシング・ワイルド』は、80年代アメリカ映画を代表する傑作で、こちらは日本でも劇場公開されていますね。

ジョナサン・デミの3つのテーマ

大森:そうですね、こちらは公開されました。で、時間がちょっと押してきたので、ジョナサン・デミっていう監督がどういう人か知ってもらいたくて、今日はここにきたんですが、実は手書きのフリップを作ってきました。デミ映画を知るための3つのキーワードを考えました。まずは「パフォーマンス性」と「音楽感覚」。ただ音楽を流すだけではなくて、例えばミュージシャンを使っても、『ストップ・メイキング・センス』がいい例だと思うんですが、パフォーマンス力を引き出すのがとても上手ですよね。私はジョナサン・デミが発見した最高のパフォーマーの1人はやっぱり、レクター博士じゃないかと思うんですね。あれはレクター博士という人のショーを描いている映画ではないかと思います。その俳優のパフォーマンス性みたいなものを捉えるのがとても上手い。『メルビンとハワード』もメアリー・スティーンバージェン扮する主人公の奥さんがローリング・ストーンズの『サティスファクション』に合わせてタップダンスを踊る場面が楽しい。それと見てない方のためにちょっと伏せますが、後半、あの音楽が嫌いなハワード・ヒューズが変わっていくっていうところが、非常に上手に撮られていて、すごくほっこりさせられる。

また、デミの2番目の重要なテーマは自由と開放。人間の中の自由と開放に興味がある人じゃないかなと思うんですね。『メルビンとハワード』って、歳を重ねてから見ると結構切ない人生のあり方が描かれていることに気づかされます。理想通りにはいかない人生のホロ苦い部分も描かれているんですが、それを温かく見守ってるところがすごくいいなと思います。『愛されちゃって、マフィア』もミシェル・ファイファーの新しい旅立ち応援する作品だと思うんで、まさに自由と開放というテーマにはまっている。こういうキーワードがあることを頭に入れて見てみると、他の作品をご覧になったときに、わかりやすいんじゃないかなと思っています。

渡部:デミ映画では、心と人生の解放が人と人の出会いから起こってきますね。同じアメリカとはいえ、異質な世界の人生を生きていた似た者同士の化学反応から印象的なドラマが生まれます。

大森:『羊たちの沈黙』がまさにそうで、主人公の捜査官はすごくトラウマを抱えていたんだけれど、レクターと出会うことでそこから解放され、変わっていくプロセスを描いてる映画なのかなと私は思ってます。

そしてデミ映画の3番目のテーマですが、デミの映画って女性を描いている映画も意外と多いんですよね。『愛されちゃって、マフィア』もヒロインの視点で物語を描いているんですが、彼はギャング映画を女性の視点でぜひ撮りたいと思ってこの映画を選んだそうです。『羊たちの沈黙』もヒロイン目線の映画だったし、晩年の代表作であるアン・ハサウェイ『レイチェルの結婚』も女性ものです。非常に女性に対して優しい視点を注げる監督さんなので、そこもちょっと個人的に気に入っているところですね。

渡部:振り返ると、最初期の『女刑務所 / 白昼の暴動』からしてそうなんですよね。

大森:あ、そうですね。デビュー作から女性ものを結構こだわっていますね。

渡部:女性の自由と解放を、早くから取り上げていた監督のひとりですね。

大森:あと、『メルビンとハワード』のメアリー・スティーンバージェンも脇役ですけど、非常に印象的なキャラクターだと思うし、女優さんを使うのがとても上手い。すごく女優さんにも信頼されている監督さんじゃないかなと思います。メリル・ストリープとも晩年に2本組んでいますからね。

マイノリティやルーザーたちの映画

渡部:デミは「より小さいものが大きいものに立ち向かう話」が好きなんですって。インタビュー記事で「『ロッキー』の方が『ランボー』より好きだ」と語っていましたけど、『愛されちゃって、マフィア』も『羊たちの沈黙』『フィラデルフィア』も、いわばそういう話ですものね。

大森:そうですね。『メルビンとハワード』では、メルビンが奥さんに「あなたは、Loserだ」「人生の敗者だ」って言われる場面がありました。人生の成功はお金とかそういうことじゃないっていうことも含めて、成功できない人も温かく描いている作品ですよね。久しぶりに『メルビンとハワード』を見て、本当にすごくいい映画だなって、しみじみした気持ちになりました。『愛されちゃって、マフィア』もいつ見ても楽しくて、音楽もいっぱい楽しめるし、ニューヨークの活気や80年代の活気も出ているんで、1回見るとまた見たくなる作品になっている。渡部さん、どうですか? 何かもう少しひとこと、お願いします。ちょっとこちらの独演会になっちゃったかな。すみません。

渡部:皆さん大森さんのお話を聞きたかったわけですから。それでは最後に、こちら(※持参したアイテムを取り出し)を。

大森:実はここにジョナサン・デミの顔写真があって。いかにもいい人キャラなんですよね。人生のルーザーとかマイノリティを描く人ですよね。『フィラデルフィア』はエイズになったゲイの話ですし、女性とかマイノリティとか、人生に失敗した人に対して非常に優しい眼差しを注ぐ監督さん。彼の映画って悪役っていうのもあんまり出てこないですよね。

渡部:悪役も悪役に思えないほど人間くさい。

大森:『愛されちゃって、マフィア』は悪役のはずのギャングのディーン・ストックウェルもすごく面白いですよね。そうそう、俳優といえば、日本ではポール・トーマス・アンダーソン監督の『リコリス・ピザ』が22年に公開されたんですが、ご覧になっていらっしゃる方いらっしゃいますか? (客席を見て)あ、かなりいらっしゃいますね。この映画の主人公だったゲイリー・ゴーツマンにも『愛されちゃって、マフィア』経由で注目したいですね。

渡部:『リコリス・ピザ』の主人公の少年はゲイリー・ゴーツマンという人がモデルでしたけど、実は『ストップ・メイキング・センス』の製作者でもあり、『メルビンとハワード』と『愛されちゃって、マフィア』にもチラッと顔を出しているんですよね。

大森:ですよね。『愛されちゃって、マフィア』ではディーン・ストックウェル演じるギャングが経営する店で、白いピアノを弾いてた人がゲイリー・ゴーツマンで、歌もたぶん自分で作ってるんじゃないかな。

渡部:『メルビンとハワード』の終盤で、メルビンの相続をあてこんで、Tシャツ工場がどうのこうのと言ってくる人。

大森:ああ、そこにも出ていたんですね。『リコリス・ピザ』を見るまでゲイリー・ゴーツマンって人をあまり意識してなかったんですけど、デミ一家なんですね。

ジョナサン・デミの影響

大森:そしてジョナサン・デミってポール・トーマス・アンダーソンにすごい影響を与えているんですよね。でも、どういうところなんですかね。

渡部:『ハード・エイト』から『ファントム・スレッド』『リコリス・ピザ』まで、彼もまた異なる世界に生きてきた似た者同士の出会いと心の解放を描き続けていますから、好みなのだと思います。それと、『羊たちの沈黙』のジョディ・フォスターとアンソニー・ホプキンスに典型的なデミ独特のクロースアップ・スタイル。対話場面で、両者の目に映る相手の顔を、同じサイズのクロースアップで交互に捉える手法ですね。これが二人の出会いと人間関係を強く印象づけるのではないでしょうか。ポール・トーマス・アンダーソンの『ザ・マスター』は、ホアキン・フェニックスとフィリップ・シーモア・ホフマンのクローズアップ映画でしたし、バイクに乗ったホフマンが砂漠を突っ走る場面は、『メルビンとハワード』へのあからさまなオマージュでした。

大森:なるほど。ダニエル・デイ=ルイスの『ファントム・スレッド』は、ジョナサン・デミ監督に捧げられていましたね。そういう意味では、のちの監督さんへの影響もかなりありますね。

渡部:デミは、やはり人と人の出会いにこだわるリチャード・リンクレイターを応援していましたし、グレッグ・アラキの『ドゥーム・ジェネレーション』は、『サムシング・ワイルド』の映像と音楽に影響されたようですよ。『ムーンライト』『ビール・ストリートの恋人たち』のバリー・ジェンキンスですとか。

大森:やっぱりインディーズ系の監督だとジョナサン・デミ監督の影響を受けている人は多いんですよね、きっとね。

渡部:そういえば、ポール・トーマス・アンダーソンは『パンチドランク・ラブ』をテッド・デミに捧げていましたね。『ブロウ』などの監督ですが、彼の共同監督作『アメリカン・ニューシネマ 反逆と再生のハリウッド史』は映画ファン必見のドキュメンタリーでした。

大森:ああ、そうなんですか。テッド・デミはジョナサンのご親戚の監督さんですよね。早くして亡くなってしまいましたが……。実は『アメリカン・ユートピア』のデヴィッド・バーンに取材するチャンスがあって、ジョナサン・デミの話も少し伺ったんですね。スパイク・リーとジョナサン・デミって、お友達だったらしいんです。80年代、すごく交流があった。『ストップ・メイキング・センス』を意識して、おそらく『アメリカン・ユートピア』の構成を考えていますよね。スペシャル・サンクスで、この映画にデミの名前もありましたし。一見、ジョナサン・デミって埋もれがちなんですけれど、今の業界の人と会ったり、他の人の作品を見たりすると、実はじわじわと影響を残してる監督さんだと思います。

渡部:リチャード・リンクレイターのドキュメンタリーに出演してコメントを残していましたけど、既に具合が悪かったのか、すごく痩せていました…。

大森:癌で無くなってしまったんですよね。本当に残念です。ただ、新作は見られませんが、彼の映画は残っているわけです。そして、今回のようにインディペンデントの埋もれた映画の発掘の企画ってすごく面白いと思うので、またやってほしいです。時間が来てしまいましたが、デミの話をできてとても嬉しく思いました。皆さんありがとうございました。

渡部:ありがとうございました。

© 1984 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved.
Images courtesy of Park Circus/MGM Studios

COMMENTS

  1. アバター keetz より:

    長く遺され、たびたび参照される記事になりますように。

  2. アバター 招き猫 より:

    非常に面白く拝見しました!貴重な記録をありがとうございました。

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Killer of Sheep

スラム街に暮らす黒人たちの暮らしを鮮やかに描き、望まれながらも長らく劇場公開されなかった、黒人監督チャールズ・バーネットによる幻の傑作。 1970年代中頃、ロサンゼルスにあるワッツ地区。黒人たちが住むそのスラム街で、スタンは妻と息子、娘の4人で暮らしている。スタンは羊などの屠処理の仕事をし、一家は裕福ではなくても、それほど貧しくはない生活を送っていた。しかし仕事に励むなかで、日に日にスタンの精神は暗く落ち込み、眠れない日を送るなかで妻への愛情を表すこともしなくなっていた。 子供たちが無邪気に遊びまわっている街は、一方で物騒な犯罪が起き、スタンの周りの知人友人にも小さなトラブルは絶えない。 そんななか、家の車が故障したため知人からエンジンを買おうと出掛けるスタン。しかしエンジンを手に入れたスタンは、その直後思わぬ事態に見舞われるのであった……。

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