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2018年のハル・ハートリー(極私的『FLIRT/フラート』レビュー!)

ハル・ハートリーの何度目かの波が今、きている。

きっかけは昨年、「ヘンリー・フール三部作」の日本語字幕付きBlu-ray/DVD BOXセットがハートリー自身によってクラウドファンディングされ、成功したことだった。そのBOXセットが晴れてリリースされたのが今年の初めで、春になるとCS 洋画専門チャンネル ザ・シネマが「NYインディーズ界最後のイノセンス ハル・ハートリーの世界」と銘打った特集をオンエア。またそれに呼応するように渋谷アップリンクでも「ハル・ハートリー復活祭」が始まった。映画館でもテレビでもハートリー作品が見られるという、今までわりと肩身の狭い思いをしてきたハートリーファンにとってはちょっと信じられない状況が、この日本で実現しているのだ。

 

©POSSIBLE FILMS, LLC

 

そう、ハル・ハートリーのファンはいつもちょっと肩身が狭かった。彼がニューヨークのインディー映画における重要人物の一人であることに疑いの余地はないはずだが、その評価にはやや物足りないところがあった。例えば同じNYインディー出身のジム・ジャームッシュが歩んできたキャリアの輝かしさと比べると、ハートリーは決定的なブレークスルーを迎えることのないまま、より商業映画と距離をおいた2000年代を経て今日まで流れついてきた感がある。そして僕は90年代の映画カルチャーをリアルタイムで経験していない世代なので、ハートリーが最も注目されたであろう当時はどのような存在だったのか、実感をもって知る由もない。ただ、今こうしてハートリーに再びスポットライトが当たるまで、「実はハートリー好きなんだよね」と表明することは、少しだけ勇気がいることだったように思う。これまで映画館での上映は限られたものだったし、批評的にもハートリーはそれほど注目される存在ではなかったからだ。「もうちょっと人気が出ても良いのにな……」ハートリーファンは長年に渡りそういったモヤモヤを抱えながら、静かに息を潜めてきたのだ。

だからこそというか、ハートリーについて話すときは、いつも個人的な話をしたくなってしまう。僕はといえば、初めてハートリーを見たのは2014年の2月、今はなき吉祥寺バウスシアターだった。当時も一瞬ではあったけれどハートリーの波がきて、『アンビリーバブル・トゥルース』『シンプルメン』『愛・アマチュア』『はなしかわって』の4本を特集上映していたのだ。その時の、バウスシアター特有の親密な雰囲気の中でハートリー作品を観た気持ちは今でも鮮明に思い出すことができる。ハートリー映画の、曇りとも晴れともつかないあの不思議な空が、劇場を出た後の吉祥寺にも広がっていたのを覚えている。バウスはそういう映画体験をさせてくれる稀有な劇場だったが、そこでハル・ハートリーの映画と出会うことができたのは、僕にとっては幸運だった。

そのあとハートリー特集は新宿K’s cinemaへと移り、そこで『愛・アマチュア』を観た友人と、レンタルビデオ店のシーンのBGMにマイブラの「Only Shallow」が使われている話で盛り上がったりもした。ハートリー好きな人とは大抵、そういうディテールを共有することで仲良くなれる。『シンプルメン』の有名なダンスシーンが良い例だろう。ゴダール・ミーツ・ソニックユース。エリナ・レーヴェンソンのおかっぱ頭とボーダーシャツの素晴らしさについて語り合えたなら、二人はハートリー映画を密かに愉しむ共犯者なのである。

 

©POSSIBLE FILMS, LLC

 

閑話休題。その2014年の特集で上映が実現しなかったのが『トラスト・ミー』と『FLIRT/フラート』だった。今回ザ・シネマのハートリー特集では『シンプルメン』と合わせて、この2作品が放映される。『トラスト・ミー』はハートリーにとっての長編2作目で、オフビートな会話やファッションセンスなど、ハートリー映画のエッセンスが詰め込まれた初期の傑作。エイドリアン・シェリーの溌剌さとマーティン・ドノヴァンの危うい魅力が我々の目を惹きつけて離さない。

『FLIRT/フラート』はこれまたハートリーの個性が際立った作品で、3本の短編からなる90分足らずのオムニバス映画だ。ニューヨーク・ベルリン・東京の3都市を舞台に、恋に悩む3人の数時間を追いかけていく。面白いのはこの3編が基本的に同じ脚本をもとに撮影されていることで、それぞれシチュエーションや口調は少しずつ異なるものの、全く同じ台詞を話したりもする。とはいえ登場人物は三者三様で異なるし、ハートリーの演出も手を替え品を替え、意外なほどの引き出しの多さで3編のタッチをうまく描き分けている。

 

©POSSIBLE FILMS, LLC

 

3編の中では、いかにもハートリーらしいニューヨーク編ももちろん良いが、日本のファンとしては東京編に注目したい。のちにハートリーのパートナーとなる二階堂美穂主演で、実際に東京ロケで撮影されており、およそ四半世紀前の新宿の風景を垣間見ることができる。また海外のインディー映画に精力的に出演していた永瀬正敏や、今や『孤独のグルメ』でおなじみの松重豊など、顔を出す客演陣も豪華。そしてみんな若い! 自己言及的にその姿を表すハートリー本人も当時は30代半ばで、まだ青年の面持ちである。2000年代に入ると『ロスト・イン・トランスレーション』を嚆矢として東京ロケの海外映画は一種のブームのように量産されることになるわけだが、そういった流行に先駆けて『FLIRT/フラート』のような映画を撮ってしまうあたり、ハートリーの才気と同時に、時代を先取りしすぎて波に乗れない悲哀も感じてしまう。疲れた様子で居眠りをするハートリーの出演シーンは、彼のその後の状況を予見しているようでもある。

もう一つの都市、ベルリン編では、登場人物たちが第四の壁を破って作品について論じ始める。

「もし監督の言葉を信じるなら、同じ状況が異なった場所で展開する際に変化する活力の比較こそがこの映画だ」

「その試みは成功するかね」

「結論を出すのは早すぎるが、失敗すると思う」

「でも この失敗は興味深いよ」

同じ脚本によるオムニバスという野心的な試みや実験性、そのスノビズムを隠そうともしないこの不敵な映画は、同時に映画として成立するギリギリのバランスをタイトロープしていることをも告白していて、結果的にある面では失敗しているのかもしれない。でも失敗こそが興味深いのだ。そして結論を出すのはたしかに早すぎる。時を超えて、今この映画を観ることになる僕たちがいるからだ。

 

©POSSIBLE FILMS, LLC

 

今年の一連のハートリー・リヴァイバルは一過性のものではなく、本格的な再始動だと僕は考えている。まずもってハートリー自身がクラウドファンディングによって観客を巻き込みはじめているし(現在も新しいBlu-ray/DVD BOXのプロジェクトが進行中だ)、アップリンクやザ・シネマのような心ある映画メディアが、彼の作品を後押ししてくれている。なにより望外に嬉しかったのは、想像を超えて多くの人が、Twitterなどでハートリー作品への思いの丈を語り始めたことだった。あまり日の目を見ることがなかったハートリーの映画だけれど、実はこんなに多くの人が観ていて、心を動かされていたことがわかって、今はたくさんの共犯者を得た心持ちである。そしてまだハートリー作品を観たことがない人にとっても、今年は彼の映画を知る絶好の機会だと思う(僕にとっての2014年のように)。そういう時代の潮流と結びついた映画体験は、きっと忘れがたいものになるはずだ。映画館で、テレビで、ぜひハートリーの映画を観て欲しい。そしてエリナ・レーヴェンソンのおかっぱ頭と、ボーダーシャツの素晴らしさについて語ろう。


■『FLIRT/フラート』

■監督 ハル・ハートリー

■出演 ビル・セイジ  マーティン・ドノヴァン  二階堂美穂  永瀬正敏 ほか

■1995年 / アメリカ ・ ドイツ ・ 日本 / 84分

CS 洋画専門チャンネル ザ・シネマ:http://www.thecinema.jp/

Twitterアカウント@PossibleFilmsJPにてハル・ハートリー関連情報を配信中。

■『FLIRT/フラート』放送日時

2018年06月19日(火) 17:00 – 18:45

2018年06月27日(水) 深夜 01:30 – 03:15

2018年07月18日(水) 深夜 01:15 – 03:00

2018年07月28日(土) 07:45 – 09:15

2018年07月30日(月) 17:00 – 18:30

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Killer of Sheep

スラム街に暮らす黒人たちの暮らしを鮮やかに描き、望まれながらも長らく劇場公開されなかった、黒人監督チャールズ・バーネットによる幻の傑作。 1970年代中頃、ロサンゼルスにあるワッツ地区。黒人たちが住むそのスラム街で、スタンは妻と息子、娘の4人で暮らしている。スタンは羊などの屠処理の仕事をし、一家は裕福ではなくても、それほど貧しくはない生活を送っていた。しかし仕事に励むなかで、日に日にスタンの精神は暗く落ち込み、眠れない日を送るなかで妻への愛情を表すこともしなくなっていた。 子供たちが無邪気に遊びまわっている街は、一方で物騒な犯罪が起き、スタンの周りの知人友人にも小さなトラブルは絶えない。 そんななか、家の車が故障したため知人からエンジンを買おうと出掛けるスタン。しかしエンジンを手に入れたスタンは、その直後思わぬ事態に見舞われるのであった……。

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